▼ つまらない冗談は止そう
ある日突然、ぽつんと取り残されたことがあるだろうか。
誰も自分を知らない、自分も誰も知らない世界を見たことがあるだろうか。
「お前、どこから来たんだ?」
尋ねられた言葉は日本語だったのに、そこは日本ではなかった。誰も、みんな、私を知らない。私の知っているものを何一つと知らない。
世界から「いらない」と捨てられた日のことを、私はよく覚えている。
▽▼▽
三雲の目が覚めたという話を聞いたのは、防衛任務から帰って来てのことだった。雨取から携帯に連絡が来たのだ。
その後、小南から「ムカつくマジムカつく」と届いたメールと内容を見て、名前も少しマジムカつくと思った。
「三雲くん目覚めたらしいですね」
「……」
「よかったですね死人が増えなくて。記者会見が更に荒れると大変でしたし」
無視を決め込む城戸に名前はにこにこと皮肉という言葉を並べ続けた。城戸は女を見ると「報告が終わったならさっさと去れ」と命じた。
名前は先日の任務の報告と、前回の大規模侵攻から出せ出せと言われ続けていた報告書をようやく持って来ていた。こうして報告書を滞納する癖は前の上司の影響ではないかと忍田が以前心配していたことを思い出す。
「直接の命令権は城戸司令にないってこないだ迅さんが言ってましたよ。あれ、でも私は城戸さんの指揮下になるんですかね」
またも笑ってそう言うと、城戸は出ていく気はないのかと悟り黙りこくっていた口を開いた。
「…………空閑とは、何か話したのか」
「空閑くんですか。仲良くやってますよ」
「近界民を探していたんだろう」
「どうですかね。最近ではよくわかりません」
二人の会話は、実に淡々としたものだった。城戸が名前の保護者である、ということを知っている者は二人を見て歪だと言った。それは、実に的を射ている。
「私を近界民だ、って誰かが言ってくれればいいんですけど」
ふう、と息を吐いた。言っていることは暗いのだが、彼女はいつも通り明るかった。城戸は何も返事を返さず、ただ彼女を横目で見ただけだった。
彼女が城戸の下を訪れたのは、彼女がまだ15歳のときであった。迅に連れてこられた少女を見た城戸の目は、今と同じく冷たかった。
(近界を見に行きたい)
少女がかつて城戸に言った言葉だった。
(使えないと判断すれば即刻殺す)
城戸がかつて少女に言った言葉だった。
「城戸さんって、一度も私を信用してくれたことないですよね」
あるとき、少女が唐突にそう言った。城戸が彼女の行動を胡散臭そうに見ていたからかもしれない。
「でも私、だから城戸さんのこと信用してるんですよ」
彼女の言葉はいつも嘘のようでふざけていて、胡散臭くて少しだけ本気だった。
(つまらない冗談は止そう 君の言葉にはうんざりだ)
二人の関係は歪である。それは、本人たちが一番よく分かっている事だった。
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