▼ プラスチックヒーロー
「はー、面白かった」
「名前さん、あまり佐鳥をいじめないでやってください」
「いじめじゃないの。可愛くて仕方がないだけなの」
笑いつかれた名前は歌川と共に飲み物を買いに来ていた。先ほども飲んでいたのによく飲むもんだと菊地原に「太りますよ」と言われたのでチョップをかました。
歌川にジュースを奢ると「すみません」と言われたので「後輩は等しく可愛いものだよ」とにっと笑う。
待っている二人の分も購入したが、菊地原の好みは歌川チョイスなので大丈夫だろう。風間のは、大体牛乳を飲ませておけばよいという雑なチョイスだがまあ大丈夫だろう。
「あれ? 風間さんは?」
戻ったところには風間の姿はなく、菊地原が手すりにもたれかかっていた。
「下」
それだけ言った菊地原に従い下を覗けば、三雲が一人で訓練室に入っていた。しかし一人で模擬戦をするはずはない。
もしかして、と思ったところで風間が姿を現し三雲の頭を吹き飛ばした。カメレオンにより姿を隠していたようだ。
「なんで風間さんが三雲くんと……」
「知らないよ。もう何戦もやってるけど、あんな普っ通のやつに絡むなんて」
風間が弱い人間と戦っていることが気に食わないのか、機嫌悪そうに口をつきだしていた。歌川がジュースを渡すと「ん」とだけ言って受け取った。
「名前さんのおごりだ」
「……ふーん」
「なに?」
「いや、別に。食べ物とか飲み物とか与えるの本当に好きだなって」
「こら」
「まー間違っちゃいないけど。正確には与えるのが好きなんじゃなくて、好きな人にあげるのが好きなのさ」
「……なにそれ、気持ち悪」
菊地原が訓練室の風間に視線を戻す。それをまた歌川が注意しようとしたが「菊地原きゅんは照れ屋さんねー」と名前が茶化してその場は終わった。
「あれ、そろそろ終わり?」
風間さんが訓練室の扉に向かいだした。自分たちが戻って来てもう20戦近くやっている。結局一度も三雲は風間に傷一つ負わせることはできなかった。
「時間の無駄だったね」
「うーん。もうちょい特訓時間増やしたほうがいいかな?」
「……あいつを鍛えたからって、どうにもなるとは思えないけど」
「またお前はそういう……」
「……ん、待って。まだやるみたい」
「無理無理。どうせまた瞬殺だって」
一度は出ようとした風間だったが、何言か言葉を交わしてまた戦う気になったらしい。ぶぅんと、風間のカメレオンが発動した。
▽▼▽
結論から言えば、三雲は勝つことは出来なかった。
しかし、負けることもなかった。風間相手に引き分けたのだ。
「もう、しっかりしてくださいよ」
ぶうぶうと文句を言いながら風間の後ろを菊地原が歩く。風間隊はこれから作戦室に向かうらしく、名前の部屋の前まで着いてきてくれるらしい。
三雲は風間にカメレオンを解かせるため、超スローの弾を大量に放った。トリオン無制限の訓練室であれば、風間が身動きできなくなるまで弾で部屋を埋め尽くすことも可能だった。
風間は先ほどの戦いを思い出しながら名前を見た。名前も気付いたのか「なんです?」と目で聞いた。
「お前も指導したらしいな。“読み方”も教えたのか」
読み方、とは動きの読み方のことだろう。名前は「いえ」と答えた。
「私は相手を見ろと言っただけで、作戦は彼自身が考えたことですよ。風間さんから20敗で一回引き分ければいいほうじゃないですかね」
そう言った名前に風間が小さく笑った。
「烏丸も言っていたな。あいつ自身が考えたことだと」
「とりまるくんが?」
「ああ」と言った風間は少し楽しそうだ。思えば先ほどの試合もカウンターを狙わずにフルガードが出来る場面だったが風間はしなかった。張り合ったなんて珍しい、名前は風間の三雲に対する態度に不思議そうに首を傾げた。
(プラスチックヒーロー 持たざる者はヒーローになるのか)
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