かくして迷子は家に帰った | ナノ
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▼ 優しいふりした子ども

雨取千佳は自尊心の低い少女だった。トリオン兵により友人が攫われ、自分が近界民を寄せ付ける体質を持つことに気付いてからはなおさらだった。自分のせいで人が傷つく姿を見ることを、彼女は恐れていた。

「雨取ちゃんてさ、可愛いよね」

三雲たちと今日の練習成果について語り合っている少女を見て、名前がレイジに言った。

「そうか」

「そうかって、レイジさん弟子褒められたらもっと嬉しそうにしなよ」

レイジは本に目を通したまま会話を続けた。

「俺が鍛えたのは狙撃手としてだ。褒めるならそこを褒めてもらいたかったな」

「狙撃手としてすか……そうだなぁ、絵馬くんのほうがうまいしな」

「まあ、だろうな」

「狙撃手が一番実力と練習量が比例しますからね」

雨取はトリオン量が規格外なので長時間練習でき、初心者にしてはかなりのレベルに達していた。それでも、やはり総合上位の狙撃手とは比べ物にならない。

「私も雨取ちゃんみたいな女の子になりたかったなあ」

「……無理だな」

「無理ですか」

「無理だろ」

レイジは名前の性格を根本から覆しても、雨取のような性格にはならないだろうなと思った。それは多分、ボーダーにいる誰に聞いてもそう答えるだろう。

「別に、お前はそのままでいいだろ」

「レイジさんって、案外女たらしですか?」

「は?」

何でだ、と顔を上げたレイジは思わず閉口した。雨取を見る名前の顔は悲しそうなものではなかったが、代わりにいつものへらへらとふざけたような顔でもなく。

ただ、本当に羨ましそうな。

「でも私は、あの子みたいになりたかったな」

聞こえないほどに小さく呟いた名前が何を思っていたのか、それは今もわからなかった。

▽▼▽

「あ、雨取ちゃんだ」

名前はベンチに腰掛ける雨取に声をかけた。気付いた雨取は「名前さん!」と頭を下げたが「やめてよー」と笑顔で顔を上げるように言った。

「どう? 狙撃手の練習は順調?」

「レイジさんが教えてくれて、的に当たるようになってきました」

「ん、それはよかった」

名前がえらいねぇと雨取の頭を撫で、それに対し嬉しそうに雨取が微笑んだ。その笑顔はとても愛らしいものだった。

「私も教えられるといいんだけどね。狙撃手はやったことがなくて」

「他はやったことがあるんですか?」

レイジからは「名前は射手だ」と聞いていたため、てっきり射手一本だと思っていた雨取は驚く。

「黒トリガーの性能上そうしないといけなかっただけで、元々は万能手だったの。三輪くんみたいな、って、三輪くんわかる?」

「は、はい」

雨取は初めて戦闘を見たときのことを思い出す。空閑と三輪隊の者が戦う姿は当時の雨取にとって恐怖と、とても現実味のないものだった。

「だから射手としてはもうてんで駄目。二宮さんって人がいてね、その人が師匠でめちゃくちゃ怖いんだよ。ほとんどいじめだよあんなの」

「いじめられてるんですか!?」

「あ、いや、言葉のあやというか……雨取ちゃんは素直ないい子だね」

何故褒められたのかわからない雨取はとりあえず「ありがとうございます……?」とお礼を言う。それが面白かったのか名前が笑った。

「雨取ちゃんたちは遠征部隊を目指してるんだよね」

「はい」

「……やっぱり、お兄さんと友達に会いたいから?」

名前の言葉に雨取が少しだけ顔を下げる。傷ついたとかそういうことではなく、自分の目標についてもう一度考えたのだ。

「……それもありますけど、二人は私が探したいと思ったから、です」

自分の体質のせいでいなくなってしまった二人。本当は兄は自ら近界へ向かったのだが、それも雨取にとっては自分のためにやったことだと思えて仕方が無かった。

「……そっか」

名前は「変な事聞いてごめんね」ともう一度雨取の頭を撫でて謝った。そんなことないです、と雨取が顔を上げた。しかしその言葉は、喉に引っかかって出てくることは無かった。

「雨取ちゃんは、優しいなぁ」

そう言って笑った名前の顔が何故だか悲しく思えて、雨取は喉元まで出てきた言葉をゆっくりと飲み込んだ。


(優しいふりした子ども 君みたいな優しい人になりたかったのに)

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