かくして迷子は家に帰った | ナノ
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▼ ひとりよがりに囚われて

「風刃」を出す。

迅の発言に、会議室は言葉を失った。風刃は彼の師匠の形見であり、強力な力を持つ黒トリガーだ。そんなものを彼が自ら手放すなんて考えていなかったのだ。

しかも、それが近界民のためだというのだからなおさら。

「うちの後輩の入隊と引き換えに、「風刃」を本部に渡すよ」

上層部としては、これ以上の手駒はない。それがわかった上での交渉だった。鬼怒田と根付はもうすでに未確認の近界民の持つ黒トリガーなんてものより風刃に意識が移っていた。

「……何を企んでいる」

しかし、それに疑問を抱くのは至極当たり前のことだった。城戸は冷静に迅を見据えた。おそらくこのボーダーで一番食えない男はこの迅だった。

「この取引は我々にとって有利すぎる。何が狙いだ?」

「別に、何も企んでいないよ」

迅の顔から笑顔は外れない。城戸の眉間はさらに皺を深くする。重苦しい会議室の中、「更に」と人差し指を立てて一人明るく迅が笑う。

「これを飲めばそっちに有益なことがまた一つ増える」

「……何?」

「名前のことさ」

会議室で、皆が突然出てきた少女の名に疑問を抱く。しかし一番奥で迅を見る男だけは事情を知っていたため、疑問に思う事はなかった。ただ、少しばかりだが彼の眉が動いた。

しめた、なんて迅は思わない。初めから、こうなることは「視えて」いたのだから。

「遊真がいることで、彼女はまたボーダーの為に働く。恐らく、しばらくは遊真一人の存在でもつはずだ」

「……」

「勿論、玉狛に彼女を入れるなんてことはせずに、だ。これ以上ない交渉だと思うけど?」

彼がここ最近の彼女が気がかりだったことは知っていた。彼女が今回の遠征に行かなかったことは、少なからず彼に焦りを持たせたはずだ。彼女がどこの誰かもよくわからない自分たちにとって、彼女の唯一はっきりとしていたことが揺らいでいることは大問題だった。

結論は、とうに「視えて」いたことだった。

▽▼▽

「米屋くん米屋くん」

「なんだい名前先輩」

「三輪くんはなんでいつにも増して眉間の皺がすごいのかな」

「それはね先輩、苛々しているからだよ」

「あらら、それは大変」

「……」

「三輪くん、イライラにはカルシウムだよ。甘いものだよ。パラララッパラーン、ミルクたっぷりシュークリームをあげよう」

「いらない」

「そう? じゃあ米屋くん食べる?」

「食べる食べる」

自分の第一の失態は、彼女と同じ学校を選んでしまったことだと三輪秀次は常々思っていた。

なぜ彼女はこうもイラつくのか。なぜイラつく彼女とうちの隊員は仲がいいのか。なぜこの空間に自分はいなければならないのか。ここの所なぜなぜと考え込んでいる三輪のなぜなぜの波は、こんなしょうもないところにまで流れてきていた。

「それにしても出水くん遅いね。連絡したんだけどね」

「さっき授業眠りこけてたから、多分お叱りか補習のどっちかだろ」

「……」

「三輪くん、そろそろ本気で皺やばいよ。この齢にしてがっつり皺の跡付くとこの先へこむよ」

「秀次、やっぱりシュークリーム食べたかった?」

「大丈夫だよ三輪くん。シュークリームはないけど、フルーツサンドならあるから」

「……」

この間の迅との戦いから、三輪の機嫌は最悪だった。その原因は、自分の考えと周りの考えが合わなくなってきたことに対する憤りや、解消されない疑問からのものだった。

それに加え、今回名前が遠征に行かなかったため、暇なのか自分によく構ってくることも原因だろう。いつもなら定期的にいないのだが、なぜか最近の彼女は任務に出ている印象が薄い。そういえば、今回の黒トリガーの奪取にも参加していなかった。なぜ。

「悪ぃ先輩!遅れた!」

屋上のドアを勢いよく開けた出水によって、一度なぜの世界から三輪が戻って来た。

「よし、じゃあ今回の連絡内容だけど________」


そういえば、なぜ彼女は「遠征に行きたい」と言いださなくなったのだろう。


(ひとりよがりに囚われて 考えの海に飲まれる)

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