かくして迷子は家に帰った | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


▼ 釣った魚は大きい

彼に会ったのは、もう3年近く前のことになるか。

「ねえジンさん」

実力派エリートなどと自称する彼の胡散臭さというのは当時から健在で、私は彼に少なからず不信感を持っていたと思う。

「なに?」

「なんでそんなにしんせつなの?」

城戸司令への取引は、ほとんど彼が行ってくれた。確かに今にして思えば揃っていた条件はよかったし、勝算があったからなのだろうけれど。

「困ってる女の子を見捨てておけないでしょー」

それでもそう言って笑い飛ばしてしまうには、私の存在は簡単ではなかったはずだ。近界民と戦う組織に近界民をおくという意味はわかっていた。

なのに彼は笑って、私を助けた。それにより私は居場所が与えられ、城戸司令には利益が与えられた。彼には、何も与えられてはいない。


彼の真意は、私にはわからない。







烏丸がバイトに向かってしまったことから、玉狛で留守番状態になってしまった名前は何をしようかと頭を悩ました。帰るにしても、今日も晩御飯に呼ばれている。帰ってまた来るのは面倒だ。

一人が暇でここを出入りしていたため、ここでの遊び方はゲームくらいなものだ。一人での過ごし方は知らなかった。

(……言われてしまった)

気を付けていたことだった。楽しく過ごしても線を超えないように。うっかりここを、自分の居場所だと勘違いしないように。

ここが、自分の家ではないと思えるように。

最近の自分は駄目だなと思う。随分と取り繕うのが下手になってしまった。このままでは、きっといつかバレてしまう。

(……ちゃんとしなきゃな)

私は、みんなとは違うんだから。

自分を心の中で叱りつけ、探し物の手がかりを掴みに行った。


▽▼▽


玉狛支部の地下に降りるのは初めてだった。おそらくいままでは荷物置き場となっていたであろう空間の一室には、現在ボーダー内における唯一の捕虜が捕らえられている。

少しだけ明かりの漏れた扉をノックする。中から返事は無く、名前も返事を待っていたわけではなかったため扉を開けた。

「お邪魔しますよー」

中には、確かに自分が前回見たのと同様に角の生えた青年がいた。青年は初めて見た女の姿を捉え、すぐに目を逸らした。

捕らわれているという様子ではない。部屋にはベッドと、少しの物が棚に並べられているだけだった。拘束具のようなものは見受けられない。

「君がアフトの子かあ。何かB級ランク戦があるとかで全員いないからお話しない?」

「……」

「話下手なタイプかー。おけおけ、オセロしよう。ルール簡単だから」

上から暇だろうと持ってきたオセロ盤と二人分の飲み物を置く。じろりとこちらを見て、またすぐに視線は外される。

見せて貰ったムービー中の態度からして真面目なタイプだと思っていたが、これは自国への忠誠心が高いタイプだろうか。面倒だなあと心の中で呟いてオセロの用意をする。

「白と黒どっちが好き?」

「……」

「じゃあ私が黒で。あれ、黒が先手だっけ? 先手だよな、うん」

「……」

名前は本部に突撃したという好戦的な男が捕虜になったほうがやりやすかったなと、今更言っても仕方のない可能性を考えながら少し笑った。

「……もういいや。面倒臭いし、本題に入るね」

本題、と聞いて男は身構える。やっとまともに話を聞いてくれたと安堵して、オセロの石を一つ掴んだ。

「実は私は、あなたに少しお話があります。これはボーダーとは関係が無くごくごく個人的なものです。そこだけ念道に置いて、ご清聴願います」

「……自国の情報は話さんぞ」

「なんだ、喋れたの。てっきり言葉がわからないもんだと思ってた」

皮肉を言う名前をヒュースが睨む。ヒュースはどこか彼女に迅と同じような掴めなさを感じていた。

「自国の情報はいらない。話したければ上層部にどうぞ」

「なら何だ。貴様に話すことなどない」

「リュウのことを、あなたは知っている?」

リュウ、という名前に男が一瞬だけ固まった。表情も態度も変わっていないが、名前からすればそれは心当たりがあるという証拠だった。

「自国の情報はいらない。私はそれの存在を知りたい」

「……」

「……ボーダーはこのことを知らないよ。知っているのはそうだね……ここだと私と君くらいでしょう」

「……何をするつもりだ」

聞かれているのは自分のくせに、ヒュースが名前に聞き返した。

「奴のことを知って、お前は何をするつもりだ。アフトクラトルに対し何を」

「アフトクラトルなんてどうでもいい」

ヒュースの言葉の途中で、苛立ったように女が言葉をかぶせた。それに少しばかりヒュースが驚く。名前は指先で遊んでいた石をパチっと置いて、ヒュースを見た。

「私には目的がある」

真っ直ぐに突き刺さる目に、男も視線を外せなくなっていた。嘘は言っていない、と思った。だがそれだけに、何故奴の名を知っているのか、目的が何なのかが気になった。

気になっている時点で、既に彼女の思惑道理であるとは知らずに。

「説明はする。どうか少し考えてみてほしい」

「……」

ヒュースが自分の目的を上に開示するのは構わない。さすがに彼と自分では信頼度が違う事はわかっていた。だから彼に、こうして強気で情報を与えられる。

だが彼を引き込めなくなると、きっと目的に辿り着くには時間がかかる。今の名前には、そんな悠長にしていられるほどの余裕はなかった。

ようやく少しその片鱗に触れられそうなのだ。初めて見つかった、大きな手掛かりなんだ。

「…………話を、聞くだけだ」

かかった。

女は、にんまりと嬉しそうな笑みを浮かべた。

(釣った魚は大きい きっと今までで一番の大物だ)


prev / next

[ back to top ]