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いいの? そう聞いた私に、ええんやと忍足は優しい声音で言った。窓枠に体を預けたまま、自分の席に座っている忍足を見下ろした。

「あんたがいつも読んでる、あの、くっさい小説だと最後はくっつけるじゃん。ダメ元で告ればうまくいくかもよ」

先ほど教室を出て行った女の子は、いつも忍足に恋愛相談をしていた子だ。大人しくて地味めだけど結構可愛い。忍足を通して少しだけ話したことがあるけれど、性格も優しいみたいだった。

「なに言うてんのかわからんなあ」

あっそ、と小さく返事をする。忍足はなんともいえない笑みを浮かべていた。

多分、忍足はあの子のことが好きなんだと思う。本人は今みたいに適当にやり過ごしてるけど、好きじゃなきゃ、あれだけ時間を割いて相談なんて受けていない。部活も受験勉強も大変なのに、しょっちゅう話しているのを見かけた。

だって彼女を見るときの忍足の顔は、私は見たことがないものだった。彼女よりも長い付き合いだけど、見たことがなかった。

教室は私と忍足がいるだけで、あとは空いた机が並ぶ寂しいものだった。さっきまではあの子がいたけど、たった今出て行ってしまった。すれ違いで教室に入って来た私に、忍足が覇気のない声で教えてくれた。好きな人の最後の大会が終わったから、想いを伝えに行くんだと。最後に背中を押してあげたのは、さんざん相談に乗って来ていた忍足だった。

「…………あのさ、」

私、忍足のこと好きだよ。自分でもあっさり口にできたことに驚いた。2年と半年くらい、ずっと胸に燻っていたものがするりと零れ落ちた。言わないつもりだったのになんでだろうと、不思議と冷静な頭で考えている間に、ぼうっとしていた忍足も口を開いた。

「……ありがとうな」

小さく、低く、それなのに聞き取りやすい声が耳に渡った。特に驚いた様子はなく、忍足は落ち着いていた。あ、これはこいつ知ってたな。好きな人に告白したというのに、少しムカついた。

「……で?」

「…………で、って」

「好きって言われた感想がありがとうだけなんて虫が良すぎるでしょ。振るなら、ちゃんと振ってくれなきゃ」

「……どういう理屈なん?」

私の言葉に面食らったような顔をしてから、忍足は苦笑した。

「私は本気なんだよ、忍足と違って」

少し苛立って口にすれば、向こうも少し言葉に詰まる。「そうやな」と返事をする忍足の顔が悲しそうだった。

こんな顔、あの子は見たことがないんだろうな。忍足、結構かっこつけだし。弱いところは隠して隠して、年に似合わない大人びた顔ばかり見せていたに違いない。

初めて会った時は私にもそんな大人な態度でいてくれていたはずなんだけど、いつから彼は私に遠慮がなくなったのか。多分それが、彼が私を女子から普通の友達に落とした瞬間だ。

「……悪いんやけど、名字の気持ちには答えられへん」

忍足の言葉に、形容しがたい胸の痛みを感じた。ああ、これが世に聞く失恋ってやつなんだなあと心の中で茶化してしまった。わかっていたことだけれど、だから、言わなかったわけなんだけど。

「…………そ、う」

わかっていたはずなのに、随分と言葉が口から出ていかなかった。

「……うん。それで、いいんだよ」

「名字は本当ええ奴やし、これからも仲良うしたいとは思ってる。それは本当やから」

「あっそ」

「……名字なら、もっとええ奴おると思う」

「そう。……ありがと」

なにが、ええ奴だ。いい奴だろうがなんだろうが、私は忍足がよかったんだよ。とかは、困るだろうから言わないでいてあげるけど。

「……そうだね。私なら、もっといい人見つけられると思う。そしたら……忍足に彼氏見せびらかしに、行く、から」

なんだか最後にかけて鼻が詰まってきてしまったけれど、嫌味は、とりあえず言えた。忍足は少し間を空けて「そうか」と返事をした。

「…………ねえ」

「なんや?」

「忍足も振られたら、俺を振るなんて馬鹿やなぁって、偉そうにしてやればいいんだよ」

私の言葉に、教室の時間が止まってしまったのかと思った。静まった空間にずびっと鼻をすする音だけが聞こえてきて、汚い。忍足は動きを止めて、何度か瞬きをしながら私を見ていた。異様な空気が、数秒続いた。

「…………名字は、すごいなぁ」

そう言って、忍足が情けなく笑った。ようやく、忍足がちゃんと笑った気がした。弱くて、何度も見たことがある顔だ。あの子には見せない、友達に見せる顔。こんな友達への態度を取られている私に、彼の気持ちが向くことはないんだとわかってはいるんだ。

ああ、でも私。忍足のこの顔が好きだなぁ。彼の、友達相手みたいな弱い部分がすごく好きだ。周りの女の子にはみせないような安心した顔が、悲しいながらも大好きだった。もう、本当にどうしようもない。

「ようやく気付いたの?」

「ああ……やっと、そうやな。憧れてまうわ」

「今更付き合いたいって言っても遅いから」

「そうか」

「それは、残念やな」そう言い残して、忍足は教室を後にした。これから彼が行くところなんて聞かなくたってわかる。だって私と彼は、友達だ。

とうとう一人きりになってしまった教室に、覇気のない声が落ちた。あーあ、なんて、目に見えて落胆する声が。

頑張ったなぁ私。本当に。超、頑張ったよ。って、誰かに猛烈に褒めて欲しい。

好きな人に告白して、振られて、背中まで押してあげるとか。ほんと、馬鹿じゃん。いい奴すぎ、て、バカ。

椅子に座って、ずるりと体を机に預けた。窓の外の夕焼けがこんなに清々しくて綺麗なんだと初めて思った気がする。夕焼けって、滲んで見えるんだ。ぱたぱたと机に水滴が落ちていく。その音がまた虚しくて、もっと泣けてきた。

「……振られちまえ、バーカ」

あの子はきっとこんな汚い言葉遣いしないし、忍足もこんな言葉は好きじゃないんだ。きっと。

弱いあなたが好きなので
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