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その手を離さないで

少しの時間を残して切り上げられた授業と、その最後の教科が担任だったおかげでHRも終わり、まだ授業をしている他クラスを横目に静かな廊下を3人で歩く。
部室の鍵をお願いして、私はその間に更衣室で着替えをする。
昇降口で合流して、外へ出たら隣を歩くサムくんがぎゅーっと抱き着いてきた。


「……せっかく早く終わったのになんで呼び出しに行かなアカンの。いつ来るかも分からん奴に時間使いたないんやけど」
「とりあえずジャージに着替えて……ある程度、体育館に人が集まって来たら行ったら?」
「行かないでって引き止めてや〜」


私の返事に不満があったサムくんは、どんどん体重をかけながら歩くから、よろけた拍子に隣の角名くんにぶつかった。
……いつもの事すぎて慣れている角名くんはスマホから視線を全く外さないで言葉だけの心配をしてくれた。
部室から必要なものを持って一足先に体育館へ向かうにしても、まだチャイムが鳴っていないから授業中で入れない。
ドリンクを作っていたら、チャイムが鳴って生徒たちが出てきた。
そのタイミングでサムくんたちもやって来たから、ある程度の準備は進められそう。


「このタオル、中にお願いしていい?」
「いいよ」
「ありがと、角名くん!あ、サムくんも一緒に運んでくれると嬉しい」
「俺は(名前)を抱き締める係やから」
「……今は募集していません」


ドリンクが作り終わる頃には少しずつ部員が集まり出した。
体育館に入るとネットが張り終わっていて、全員が揃えばいつでも部活が出来そう。
そんな中、サムくんが私の頬にちゅーをしてから嫌そうな顔を隠しもせず女の子の呼び出しに向かった。
監督が来るまでの間、準備運動を終えた人たちが思い思いにボールに触れているのを見ながら散らばっているジャージを畳む。


「(名前)、俺のジャージも畳んでや〜それか着ててもええで」
「あ、ツムくんお疲れ様〜畳むね」
「なんや……着てくれへんのか」


頭の上からジャージで包まれて、抱き着かれた。
布だから抜け出そうと体を動かす度、だんだんと息が苦しくなる。
ぱっと外された瞬間、深呼吸をしていたらツムくんに唇を塞がれてしまう。
何するのと意味を込めて睨んだら、にこやかにツムくんが見てくるだけに終わった。
また顔を近付けて来たから、ツムくんのジャージをその顔に押し付けて仕返しをしていたら監督が体育館に入って来たのが見えた。


「あ、監督だー!」
「(名前)、放置せんといてやー」
「先にミーティングすんで。…………おおーい、治はどこや?おらへんのか。(名前)、アイツどこ行った?」
「電話してみます」


……あ、サムくんまだ帰って来てない。
連絡をしてみたら、電話越しにサムくんの悲痛な叫びにも似た声で名前を呼ばれた。
明らかに様子がおかしい。
告白で呼ばれたんじゃなかったの?
どこにいるか聞いたら「裏庭」と答えてから、ずっと私の名前を呼んでいる。
電話しながら焦る私を見て、ツムくんが肩に腕を回してくれた。
その時、画面が頬に当たってスピーカーに切り替わってしまった。


「電話切らんといて(名前)っ!はよ来て!(名前)っ!」
「……サムの様子おかしないか?」
「分かった切らないから、裏庭行くから待ってて!」


スピーカーだったから、サムくんの叫び声は監督たちにも聞こえていて……迎えに行くように言われた。
ツムくんを見上げたら、頷いてくれたから一緒に裏庭へ行ってくれるみたい。
急いで向かうと、壁に背をつけて女の子と向き合っているサムくんが見えて、大声で名前を呼んだら勢い良く私の元に飛び込んで来た。
抱き止めると、肩に顔を押し付けて背骨が悲鳴を上げそうなくらいに腕に力を込めてくる。
ツムくんが私たちを背に隠して、女の子に向き合った。


「お前、何したん?」
「……どうしても治くんに気持ち伝えたかっただけやのに!」
「ハァ!?明らかにここまで取り乱させてそれだけな訳ないやろ。お前のせいで部活止まってんねんで」


背中をあやすように撫でながら、一応持参したドリンクを飲むか聞いたらサムくんの肩が異常に跳ねた。
……地雷踏んだ?
向き合っている女の子を見ると、その手には可愛らしい紙袋。
もしあの中身が手作りの食べ物だったら、サムくんは顔をしかめて終わりだと思うんだけど……もしかしてトラウマに触れちゃった、とか。
私の頬に鼻を押し当ててぐりぐりしてくるサムくんの頭を撫でると、目がようやく合った。


「…………これ、ほんまに(名前)の手作り?」
「!当たり前でしょ。サムくんが飲んできたドリンク、他の人が作った事ある?」
「……ない……飲む」
「……なぁ、お前もしかしてサムに嘘ついてそれ渡そうとしたんちゃうか」


ツムくんの質問に今度は女の子の肩が跳ねた。
やっぱり過去のトラウマを思い出させちゃったみたい。
……あれは中1だったかな?いや、中2の真ん中辺りだったかも。
あの日、両親の帰りが遅くて、私は双子の家にお邪魔してたんだ……。


* * *


夕食が食べ終わって、私は片付けの手伝いをしていた。
ふとソファーを見るとサムくんが焼き菓子を頬張っていた。
よく食べるなぁと思いながら見つめていたら、目が合って手招きをされる。


「いつもと味がちゃう気がするんやけど」
「?買ったお店が違うとか?」
「何言うてんの?コレ、(名前)が作ったんやろ?」
「ううん……作ってないよ」
「!?(名前)から渡して言われた言うてたから、そいつからもろたんやで!やったらコレ誰が作ったん!?騙されて食わされたんか、俺……?…………なんや気持ち悪うてえずいてきた……」


食べかけのその焼き菓子がサムくんの手から落ちる。
それに見向きもせず、自分の口を押さえるサムくんの顔色は蒼白だ。慌てて背中をさすると「うっ」と苦しそうに声を上げて、駆けて行った。
廊下からツムくんの「ぶつかったんなら謝れや!」と声が響く。
水音で会話が聞こえていなかった宮ママは、走り去る姿を見ただけで特に気にも止めずキッチンに視線を戻したけれど、サムくんが大変だと私は泣きついた。
結局、サムくんは止まらない吐き気とストレスからの発熱で、学校を数日休んだ。


「ほんまに無理や……知らん奴の手作りとかほんまに無理……家と(名前)以外はもう信じられん」


それからサムくんは作業工程が分からない手作りのものを受け付けなくなった。
サムくんの中に強烈なトラウマとして植え付けられたみたい。
高校に入ってからも、もちろん断り続けていたけれど……また同じような事が起こるとは思わなかった。
どうにかして渡したい気持ちが、今回嘘をつく事で1番最悪な結末を迎えてしまった。
サムくんも体が受け付けない事は分かってはいたけれど、過去の経験がフラッシュバックして頭が真っ白になったと話してくれた。
ここまでパニックになるとは思っていなかったみたいで、小さな子供のようにずっと私にしがみ付いている。


「ほんまややこしい事しやがって。周りにも言うとけ……もうサムに何も作ってくんなって。他人が作ったモンとか食えへんから」
「他人言うなら、(名前)ちゃんもやん……何がちゃうの。ウチやって好き、」
「喧しいわ。(名前)が他人な訳ないやろ……あんまイキんなや」
「ツムくん、そろそろ部活戻らないと。サムくん、体育館に行ける?」


力なく頷いたサムくんの手をしっかり握って引っ張れば、ふらふらと歩き始めた。
顔色の悪いサムくんが心配で見ていたら、隣を歩くツムくんに思いっきり腰を引き寄せられた。
私の腰を引き寄せるツムくんの腕の力が強すぎる。
ツムくんは機嫌が悪くなっちゃったみたい……。
体育館に戻ると、誰もが見て分かる程の双子の異変に監督が、何があったんだと、強い視線が飛んできた。
監督に事情を話せば、サムくんは一旦見学になってベンチに座っているはずだったんだけれど、私が動く度に後ろをちょこちょことついて回っていて……その姿に不覚にもきゅんとしてしまったのは、ここだけの話。



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