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俺らの大事なお姫様

選択授業から教室に戻って来たら、前の座席で盛り上がっている派手な女子グループと目が合った。ニヤニヤと笑みを浮かべていて、言いようのない不安を覚える。
教科書を片付けていると派手にドアを開けたツムくんが弁当片手にやって来て、空いていた私の目の前に座る。


「今日は(名前)を独り占め出来るな!サイッコーやで!」
「サムくんたちもすぐ戻って来ると思うよ」
「サムが入って来れん空気作ればええねん。ラブラブカップルらしく、イチャつきながら飯食おうや〜」
「何がラブラブカップルや。オモロないで、それ」


戻って来たサムくんに蹴られたツムくんがやり返しながらも、器用に弁当の中身を減らしていく。
それを眺めながらゆっくり食べ終えれば、ツムくんが手入れをしてと両手を差し出してきた。
断る理由もないし鞄からポーチを取り出そうとしたら、馴染んだ感触が手に当たらない。
慌てて鞄の中身をしっかり見るも、そこだけぽっかり穴が空いたようになくなっていた。
遠くからクスクスと笑い声が聞こえてきてサッと血の気が引いた。もしかして……盗られ、た?


「(名前)?どうしたん?はよ手入れしてくれや〜」
「あ、うん……あのツムくん、えっと……家に忘れてきちゃったみたいで」


咄嗟に嘘をついたけど、双子が怪訝な顔をして私を見てきた。
それもそうだ。どんな時でも持ち歩いている私が、今日に限って忘れるなんてあるはずがないのに。
しかも平日の真ん中、出かけて違う鞄に入れることもない。
角名くんも双子と同じく不審がっている。
青ざめた表情を見られたくなくて、ロッカーを覗きに行ったけれどそんなところにあるわけがない。


「侑くん爪の手入れするやったらウチ持ってるで!(名前)ちゃん、マネージャーなのにポーチ持ってへんみたいやし、ウチがやってあげるわ〜好きな人には尽くすタイプやねん!」
「おすすめのハンドクリームもあるで!めっちゃいい匂いすんねん!治くんたちも使う?」
「マネージャーの(名前)ちゃんよりウチらの方が尽くしてんなあ!」


……何で、ポーチがないことを知っているの?
教室に戻ってきた時に覚えた不安はこれだったんだ。
じゃあそのポーチはどこにあるの?
あれは私にとって世界でただ一つの大切なものなのに。
この教室のどこかにあると信じたいけれど、彼女たちの誰かが隠し持っていたら探しようもない。
どうしよう。
探しに行きたいけど体が思うように動かなくて、その場に立ち尽くした私の体が前後からいきなり圧迫された。


「何で(名前)が探してるもんがポーチやって分かったん?……それに俺の手に触ってええのは(名前)だけや。近寄んな喧しブタ」
「ポーチどこに隠したん?自分らやろ犯人。とっとと白状せんと痛い目みるで」
「なっ何でウチらが盗ったって決めつけんねん!それに侑くんが手のお手入れしたいって聞こえたからマネージャーの代わりにやってあげよう思っただけや、ん」
「……何やねん。自分らは好き勝手に媚び売っとるクセに、俺らが好きな子にアピールしてんのはアカンのか。邪魔すんなや」
「影でコソコソやりおって……性格ポンコツ野郎共が」


胸に押し付けるように頭と肩にツムくんの手が回っていて、腰には後ろからサムくんの両腕が巻き付いている。一切の力加減もなく抱きすくめられ、私の姿は周りにはほとんど見えていないと思う。
頭上から聞こえる声は冷たく、地を這うような低いものだった。
それでも私を包む双子の体は温かくて、堪えきれずに涙が落ちる。
気付かれたくなくて顔を伏せたら、私を包んでいる力がさらに強まった。痛いとか苦しいよりも、この時はその力強さに安心感しかなかった。


「高校になってもこんな事ようやるわ。クソブタが」
「何でブタ共が怯えてんねん。鬱陶しい」
「被害者ヅラすんなや。喧しい声上げんといてな」


誰も喋らない……喋れないんだと思う。だってこんな双子の姿、高校に上がってから見たことないもの。だから皆が時間が止まったみたいに動けない。
隠されたものが大切なものだっただけに取り乱しちゃったけど、何で私のポーチ隠されちゃたんだっけ……って、あまり回っていない頭で考えた。
あ、双子が人気者だからか。今までもそれなりにあったな……幼馴染みってだけで隣にいる私が気に食わないって。
でも今回のはさすがに堪えた。早く探さなきゃ……。


「角名あったか?」
「ちょっと待って。そいつらゴミ箱近くにいたから怪しい場所はあとここだけなんだけど……あ、ポーチあった。(名前)これでしょ?」
「え……あ、わ、たしのポーチ……!あっ、ありが、とっ!本当にありがとうっ」
「ゴミ箱に捨てるとか、どんな神経してんねん。クズにも程があんで」


角名くんからポーチを受け取って胸に抱き締めた瞬間に号泣してしまった。
中身はいくらでも買えるけど、このポーチだけは何ものにも代えられない大切なものだから。
……だって双子が、ツムくんとサムくんがくれた初めてのプレゼントだもの。このポーチと一緒に2人のバレーをずっと見てきたんだから。
貰ったその日から常に持ち歩いていることも、中身が爪やすりとかバレーに必要なものが詰まっていることを双子は知っている。
ユニフォームを貰い始めてから、それぞれの番号を刺繍で側面に残してきた。
だからこそ私たちのバレーの思い出がたくさん詰まったこのポーチを雑に扱われた事が悲しい。


「あれ捨てたっちゅうのは俺らのバレーにかけてきた時間、全否定したのと一緒やで……許される訳ないやろ。土下座しいや」
「否定なんかしてへん!た、かが……ポーチで、何でそこまで言われなアカンの?やって、」
「ア゙?喧しいわ。たかがポーチちゃうわ。それが否定してんねん。その醜い顔二度と俺らの前に晒すなやクソブタ」
「……何の騒ぎや、これ?」


この異様な空気に誰かが監督と担任を呼んで来たらしい。
それでも今回、双子は譲る気がないらしく全く動かない。監督たちもいつもの宮兄弟の喧嘩ではないことに、どう動くか悩んでいる。
角名くんのおかげでポーチがこうして戻ってきたから少しは気持ちも落ち着いた。
そっと目の前にあるツムくんの胸元に手を置くと、落ちてきた視線は甘くどこまでも優しいものだった。


「ツムくんありがとう……ごめんね」
「(名前)が謝ることなんて一つもあらへん」
「せやで。悪いんは全部あのブタ共やん」
「サムくんも助けてくれてありがとう。嬉しかった」


双子の腕の中から抜けてポーチを捨てた彼女たちに向き合ったけれど、でも肩と腰から双子の手は離れず、隣にそれぞれぴったり寄り添っている。
涙で顔がぐちゃぐちゃになっているけれど、ちゃんと伝えなきゃ。
私も生半可な気持ちで同じ高校に進んでマネージャーをしていないのだから。
静まり返った教室では、小さく息を吸う音すらも響く。


「私は2人がバレーに初めて触れた瞬間も見てきた。のめり込んでいく2人が輝いていたから、それを支えたくて必死に色んな事を学んだ。それに幼馴染みだからってだけでこの双子が側に誰かを置いておく性格に見える?」
「俺は(名前)のこと愛しとるから側に置いておきたいんやで?」
「……空気読めやクソツム。まぁ(名前)のバレーに対する気持ちは俺ら選手と変わらへんもんなあ」
「えっと……だから!バレーをしてる姿を近くで見ていたいから、私も簡単には2人の隣は譲れません。本当は嫌だけど……気に食わないんだったら正面からぶつかってきて」
「そんな事させへんよ。もうどんな時でも(名前)から目離さへんから。だからずっと俺と一緒にいてな(名前)」
「お前も空気読めや。俺が(名前)を守ったるから安心して隣で見ててな」


当然のことながら、この騒動がそのまま終わる訳がなく彼女たちは担任の元へ、私たちは監督の元へ呼び出しされて聞き取り調査をされた。
……話が終わった後もずっと手を握って隣にいてくれた双子の優しさに、本当に依存しちゃうなぁ。



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