リピカの箱庭
128

セントビナーにはすでに数多の傷病者が担ぎこまれていた。その指揮を執るのはマクガヴァン元帥だ。
「マクガヴァン元帥」
「おお、ジェイドの坊や。それにガルディオスの姫君か」
この呼び方に関してはスルーしている。というかカーティス大佐を坊やと呼ぶ人に何を言っても無駄だろう。
「ご無沙汰しております、元帥閣下」
「まったく、もう退役したと言っておるだろう。まあよい、指揮権はジェイド坊やに渡せばよいな」
「ええ、お任せください。フリングス少将は?」
「まだ見ておらんな」
襲撃を受けたのは演習中の軍である。そしてその指揮官はフリングス少将。――物語での彼の結末を思い出す。この謎の襲撃で、彼は命を落とす。しかし今の軍はご落胤自爆テロ事件で譜業爆弾に全くの無策というわけではないので、それがどう転ぶかだ。
カーティス大佐が慌ただしく指示を出し始めたのを見て、私はマクガヴァン元帥に向き直った。
「閣下、我が兄を見かけてはおられないでしょうか」
「姫君の……、ああ、ルークと共におったな。アッシュとかいうルークの双子を探しにシュレーの丘へ向かったはずじゃ。そなたは兄君を探しにきたのか?」
やっぱりアッシュはここに来ていたのか。いいタイミングで捕まえたいところだが、この騒ぎだ。どうしたものか。
「それもありますが、急ぎではありません。まずはこちらを手伝いましょう」
「うむ。あの通信もそなたがおれば使いやすいじゃろうな」
セントビナーに伝話を引けた理由の一つがマクガヴァン元帥という信頼できる人物の在住だ。彼は機密事項でも伝えられて、いざというときの伝話の受け手にもできる。私は頷き、ひとまず状況確認をすることにした。
マクガヴァン元帥によれば、最初は重傷者が運ばれていたが今はそうでもないらしい。しかし軽傷者の数も多く、復興中のセントビナーでは人手が足りず一部はグランコクマに向かわせており、また現場からグランコクマへ直接向かった負傷者もいるようだ。
セントビナーが手一杯となると、医療班を呼ぶよりはグランコクマで受付した方がいいか。無事な兵士たちの手を使えば搬送に問題はないだろう。幸い相手からの追撃はなく、グランコクマへ向かったという話もない。あちらは平気だろう。
カーティス大佐にその旨確認して、通信室へ向かう。状況報告をするなら私が最短で、カーティス大佐もそこはわかっているので何も言わない。
「……本当にガイ様が来ていたんですね」
道中で信じられないといったふうにアシュリークが私を見てきた。そういえばガイラルディアが帰ってくるというのは勘でしかない。この感覚は私とガイラルディアにしかわからないだろう。
「アシュリーク、少し頼まれてくれますか」
「なんです?」
「アッシュを捕まえてほしいのです。シュレーの丘にいるはずですから」
「アッシュを?ですが、ガイ様たちが探しに行かれたんでしょう。それに襲撃があったばかりです。伯爵さまのお側を離れるわけにはいきません」
「……それは」
言葉に詰まる。こうなればアッシュがおとなしくセントビナーに現れるか、ルークと喧嘩別れしないことを祈るしかないか。
この局面で私がセントビナーを勝手に離れるというのも印象が悪い。名前と顔を売りすぎた弊害だな、これは。
「念を入れたかったのですが、あなたの言う通りですね。おとなしくしています」
「ぜひそうしてください」
アシュリークもなかなか言うようになった。いや、これは主人に似たのか?なんとなくピオニー陛下への自分の態度を思い出していたたまれなくなりながら歩いていると、倉庫にカモフラージュした通信室が見えてくる。見張の兵士に、私の前に立ったアシュリークが声をかけた。
「失礼。私はガルディオス伯爵家騎士のアシュリーク・エスト。ガルディオス伯爵レティシア・ガラン様をお連れした」
「ガルディオス伯爵!どうぞお入りください」
兵士と言っても、ホドグラドの騎士団からの派遣である。私は「ご苦労さま」と声をかけて中に入った。
伝話は基本的には誰にも使えるものだが、通信前に認証を入れている。アカウントのログインみたいなもので、私が認証すればどこへでも繋がるという仕組みだ。
受話手はホドグラドの屋敷でいつも任せている兵士だった。一通り報告すると、相手が変わる。
『レティシア様、グスターヴァスです』
「グスターヴァス。この後のことですね」
『ええ。ひとまず軍で片は尽きそうですな。こちらも警戒態勢を一段下げるつもりです』
「それでよろしい。ですが、この騒ぎはきな臭いですね。キムラスカ軍ではないようですから」
そう、レプリカの軍が出たということはヴァンデスデルカが動いているということだ。ネイス博士をわざわざ取り返しに来るかは未知数だが、街に被害があっては目も当てられない」
『キムラスカ軍ではないとなると、一体……。こちらは演習中とはいえ帝国正規軍でしょう』
「預言関係の騒動の可能性があるかと」
『神託の盾騎士団ですかな。ですが今は再編中でしょう』
「あそこも一枚岩ではありません。拘留中の元大詠師の護送中にも襲撃があったのです。街の出入りは特に厳重に見ておきなさい。鼠もまだいるでしょうから」
ホドグラドにはヴァンデスデルカのシンパがいることは確認済みだ。私の監視が主目的だとしても、種が撒かれてしまっている。
『かしこまりました。それにしてもレティシア様、こんな中で御自ら出向かれるのは感心いたしませんな』
うぐ、グスターヴァスにも言われてしまった。しかも結局アッシュは見つからなさそうだし、来たのは無駄足か。戻ったらエドヴァルドにも説教されそうだな、とため息をついた。


- ナノ -