EXTRA
アドナイの冠

※if設定/プロット段階に存在したピオニールートの小ネタです。
※中途半端ですが、続きません。


<シーン 王城/ピオニー、ガイ>
「見合いですか」
ガイは唐突に告げられた言葉に眉根を寄せた。女性は好きだが苦手という複雑な心境を抱えたままのガイにとって結婚とは鬼門である。しかし自分の立場のこれまた微妙なところを考えると、主君であるピオニーの采配を断るのも難しいと理解もしていた。
「そんな顔をするな。お前ではなくレティシアの見合いだ」
「レティの!?いや、なぜ俺に言うんです!?」
自分の見合いとなれば諦めもつくが、レティシアのそれとなるとまた兄心は複雑だ。百面相するガイにピオニーは愉快そうに笑った。
「なに、レティシアはお前が許した相手でないと結婚しそうにないだろう」
「外堀から埋めていくおつもりですか。で、相手は誰なんです?」
「俺」
さらりと答えたピオニーにガイは今度こそ絶句した。
「な、な……!」
「どうしたガイラルディア、嬉しいか?レティシアが俺の妃となって子を成せばお前は次代の皇帝の外戚だ。権力握り放題だからな」
「わかっておっしゃってますよね、それ?!」
そんなことをガイが思うはずもない。そしてレティシアが権力を握りたいなどと微塵も考えていないことをガイはよくわかっていた。
「駄目です!レティシアをこれ以上巻き込まないでください」
「巻き込むとはえらい言いようだな、ガイラルディア」
「そうでしょう。暗殺未遂事件のこともエドヴァルドから聞きましたよ。俺はレティシアにこれ以上負担をかけるつもりはありません」
レティシアの望みは平穏に過ごすことだ。貴族として責務があることはわかっているが、皇族、皇妃となればそれはこれまでの比ではないくらいの負担であることは想像に難くない。ただでさえ皇帝のお気に入りとして認知されているガルディオス家から皇帝に嫁ぐとなればガルディオス家の権力も増大する。かつてホドを治めたガルディオス家をいっそ完全に取り込もうという考えは理解できるが、それにしたって強引な手だ。
「では誰に嫁がせると言うんだ?ああいや、レティシアの立場ならば婿を取る手もあるか」
「レティを幸せにできるやつですよ」
「ずいぶん抽象的だな。そうなると俺はレティシアも幸せにできん男と思われているのか」
「陛下にはレティシアより優先するものがあるでしょう」
それを責めるつもりはないし、皇帝の悲哀を考えると同情すらする。けれど妹を嫁がせるとなると話は別だ。
「ちょうどいいじゃないか。レティシアだって俺を最優先などしないだろうしな」
それはガイも知っている。レティシアは頑固だ。皇帝陛下を敬っても畏れはしない妹に皇妃は全く向いていない気がする。
「皇帝を最優先しない者を皇妃にしようとしないでください」
「なに、それくらいわがままでないとつまらんだろう」
「つまるつまらないで妃を選ぶおつもりですか。この話、他の者にはしていないですよね」
「していないぞ」
「ならいいですが」
これで話は終わりとばかりに首を横に振るガイに、ピオニーは頬杖をついて目を眇めた。
「冗談で言っているのではないぞ、ガイラルディア?俺は皇帝として、現状の最適解がレティシアだと考えている。キムラスカから娶るには王族から遠すぎる。今更預言を蒸し返す奴らと組むつもりもない。実績があり、預言から最も遠いのがレティシアだ。お前やセシル家というちょうどいいキムラスカとの繋がりもあるしな」
「……しかし、レティシア自身のことは考えていませんよね」
「俺の庇護下にあるのが最も安全だとは考えられんか?」
その問いに是と返すのは難しいが、否定するにもまた材料は揃わない。ガイは黙り込んだ。
「まあ、レティシアに真っ向から拒否されれば俺も無理にとは言わん。だから見合いだ」
「本当にレティシアの意思を尊重してくださるのですか?」
「もちろんだ。皇帝は恨まれるのが仕事だが、わざわざ恨みは買わんからな」
微妙に説得力のない言葉に、ガイは若干の不安を募らせつつも頷いた。どうか断ってくれと願いながら。


<シーン 屋敷/主人公、ガイ>
ガイが昼間の出来事――ピオニーから見合いを持ちかけられたことを告げると、レティシアはあっさり頷いた。
「へえ、そうなんだ」
「そうなんだ、じゃないだろ……」
「ある程度予想はできたことだよ。残念ながら陛下もいつまでも独身ではいられないし」
これを期に帝政をやめるとしても陛下の代だけじゃ終わらないからねえと物騒なことを言う妹にガイは冷や汗をかいた。こんな簡単に帝政をやめるだなんて提案をするレティシアはどう考えても皇妃の座から一番遠い。ピオニーは反論されるのが好きな変わり者だが、それにしたってあんまりだろう。
「まあ、陛下には借りもあるからなあ」
「借りがあるから結婚するってどうなんだ!?」
「別にお互い惚れた腫れたをしたいわけではないでしょう。陛下はただ立場上利益があって仕事ができて子供を産める人間が必要なだけなんだから」
「レティ……」
我が妹ながらドライすぎる言葉に泣けてくる、とガイは肩を落とした。貴族として生まれた以上、婚姻が責務の一つなのはガイだって理解している。しかし――使用人暮らしが長いせいかも知れないが――女性恐怖症のガイだってもう少し夢を持っていた。
「そもそもレティは陛下のことどう思ってるんだ」
「信頼できる王さま」
「いや、皇帝としてじゃなくて男として」
レティシアは予想外とばかりにぱちぱちと目を瞬かせた。うーん、と唸るのは本当に今まで一度も考えたことがなかったからだろう。安心もしたが、妹の情緒が心配になってきた。
「女癖が悪い、かな……」
「それはそうだけど」
真っ先に出てくるのがそれとは。ガイはため息をついた。
「だいたい陛下ってネフリーさんが好きじゃない。仮に恋愛をするにしても不毛な気がする」
「身もふたもないな!いやでもレティはネフリーさんとは別人なわけだし、というか恋人だったのも過去の話だし、別人なら別人として好きになる可能性はあるだろう」
なぜ自分がフォローをしているのか、ガイは虚しくなった。しかもレティシアには全く伝わっていない。
「そうかなあ。まあ、陛下とならそれなりに上手くやれると思うよ。話も通じるし、陛下も私のこと気に入ってるし。昔も一回婚約するか訊かれたことあるから」
「二回目だったのかよ……。その時なんて断ったんだ?」
「確か、まだ結婚する気はないって言ったかな。ガイがいないのに面倒な立場になりたくなかったから」
さらりと告げられた言葉に目を丸くする。まさか、自分が原因の一つだったとは。
ガイはなんとも言えない気持ちで呑気に紅茶を啜る妹を見た。少なくとも、レティシアには真っ向から拒否する気はなさそうだ。
「じゃあ受けるのか?」
「条件にもよるよ」
「……怖いから聞きたくない気もするんだが、条件って何だ?」
「爵位の保持」
想定外の返答にガイはまた瞬いた。


<シーン 城下町/主人公、ピオニー>
普段は束ねられていることが多い金髪が揺れる。軽やかに進む足取りを意外に思っていると、こちらを見上げる碧い瞳と目があった。
「どうしました、ピオニーさま?」
「ピオくんじゃないのか」
「はあ、嫌ですが」
「つれないな。いや、つれなくはないか。こうもあっさり付き合ってくれるとは思わなかったぞ」
「勅命を盾にされるよりはいいかと思いまして。護衛もいることですし」
そう言うレティシアの服装は女性人気が高い――それこそガイラルディアが戻るまでは最もご令嬢に人気だったと言っても過言ではない――男装めいた正装でも、華やかな盛装でもない。ごく普通の町娘と言わんばかりの城のお着せだった。これでも王城勤めであるとわかるのだが、わかるのなら手を出す輩も少ない。品のある仕草は意外なほど隠されていて、自分よりも変装がうまいのではないかとピオニーは舌を巻いた。
「それで、どこに行かれるのです?見合いだと聞かされて城下町に降るとは思いませんでしたが」
「そう急くな、ぶらつきながら行こう」
いつもより近い距離感で告げるとレティシアは眉根をかすかに寄せる。それでも避けたりはせず、こくりと頷く。慣れていないだけだろうとピオニーは判断した。
「本当はケテルブルクを連れ回したいところだったんだが、流石に遠いからな」
「別にどこでもピオニーさまの遊び場ではありませんか」
「はは、愛着があるだろう。あそこにしているのは執着かもしれんが」
レティシアがホドに抱いている感情と似ているのかもしれない、ピオニーはそう思う。違うのは故郷と懐かしむ場所が生まれた場所か、育った場所かの違いだ。少なくともピオニーは自分が形成されたのはあの冷たく雪に閉ざされた街だと思っている。そこから抜け出すのを手伝ってくれた友がいたからだ。
レティシアはどうだろうか。彼女が生まれたのはホドだが、五歳になる前にはグランコクマに移っている。それでも彼女が故郷とし、執着するのはホドだけだ。家族の思い出があるから、あるいはガルディオス家の土地だから、というのは立派な理由である。しかし、もはやレティシアの兄であるガイラルディアよりも彼女との付き合いは長いピオニーのことを友と思っているかは分からない。
よりどころにするには非道すぎる仕打ちをした国の冠をピオニーは戴いている。そして、レティシアの頭にも同じものをかぶせようとしているのだ。
「そんなにケテルブルクが懐かしいのですか?お好きな時に行けばいいではありませんか」
黙ったピオニーに、レティシアはいくらか気遣うように声をかけた。
「そのときは卿も付き合ってくれるか?」
「……暗殺の危険がないならば、そうですね」
「それはもちろん。俺が婚約者を危険に晒すほど間抜けな男に見えるか?」
もう決まったことのように言うと、レティシアは目を細めるだけで否定はしなかった。


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