09
朝食を済ませると、お椀を井戸で洗い、客人の分の膳を用意すると菘は土間へと向かった。
「失礼いたします」
そう声をかけても中から返事はなかった。
きっとまだ寝ているのだろうと思い、菘はなるべく音をたてないようにそっと戸を開けた。
床の上に横になっている客人を見ると、小さな寝息をたてている。
客人が寝ていることにほっとすると、菘は枕元まで移動し額にのせてあった手拭いを取ると側にあった桶で絞り直し、再び額の上にのせた。
「うっ・・・」
冷たい感触に目が覚めたのだろうか。
客人は小さなうめきを漏らすと、うっすらと目を開けた。
「目が覚めましたか?ここはあやかし屋です」
「あやかし・・・・・・あっ!娘は!?あの男はどうした!?」
「・・・きゃっ」
突然起き上がると掴みかかってきた男に菘は肩を震わせた。
「あ、あの・・・」
困惑する菘を見て男はふと我にかえる。
「あ、すまねぇな・・・ねえちゃん」
「いえ・・・あの、ご飯をお持ちしましたが・・・食べられそうですか?」
そう言って菘は近くに置いていた盆を引き寄せる。
「あ、ああ・・・それよりも、あの男はどうした?」
あの男。
和葉様のことだろうか。
「わ・・・あの方は今調査に向かわれております。あの・・・娘さんがどうかされたのですか?」
「あんたは・・・?」
「私は・・・あやかし屋様に助けていただいた者です。今はこちらでお世話になっています」
「そうか・・・あやかし屋に・・・本当に助けてくれんのか・・・」
男は菘の言葉に少しほっとした様だった。
男は落ち着かない様子できょろきょろし始めたかと思えば、今度はこちらをじっと見つめてきた。
「あのっ・・・」
「あんた・・・そんなに悪くないな」
「え・・・?」
不意に、背筋がぞくりとした。
「いや・・・化粧をすればうちの娘より良い・・・」
この男は何を言っているのだろうか。
嫌な予感を覚えて菘は後ずさりする。
男の手が伸ばされたのを見て菘は思わず目を瞑った。
「何が良いと?」
カチリ。
男が菘に触れる前に首元に刃が突きつけられる。
「ひっ・・・」
男は思わず息を飲む。
「自分が何をしようとしたか分かっているのか?」
低い声で問い詰めるように言われ、男は震え出す。
「この娘はうちの大事な客人だ。妙な真似をするようなら・・・この依頼は破棄するが?」
男の背後から刀を突きつけながら和葉は依頼の破棄を仄めかす。
「ま、待ってくれ!頼む!あんただけが頼りなんだ!」
「なら、この娘を身代わりになんて馬鹿な考えは早々に捨てるんだな」
「わ、わかった・・・もう考えねぇよ。あんたらに任せる」
「身代わり・・・」
その言葉を聞いて菘は思わず胸を押さえた。
やはり、嫌な予感は的中していた様だ。
胸元をぎゅっと握ると、不意に、和葉がこちらを見た。
「危なかったな」
その一言にどきりとした。
ーーー危なかったな。
その一言に込められた意味を思い浮かべて、菘は蒼白になりながら自身の胸元をさらにきつく握りしめた。
ーーー気付いている。
彼は気付いている。
いや、最初から知っていてわざと自分に任せたのかもしれない。
"私に"危険はないと。
むしろ私葉が来なければ危なかったのは依頼主の男の方だった。
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