「そ。本編を読んでいるなら把握していると思うけれど、【六月の花嫁】にはこういう描写があるの。『蜜香はショーウインドに一つ寂しく飾られた白い衣装から目が離せなかった。白に散りばめられた真珠は、その白を一層輝かせる。雨の中誰もその白に目を留めなかったが、蜜香だけはどうしても見ていたかった。それが自分の憧れであり、それが自分の理想であったから』」
「お、お前本文暗記してるのかよ……」
「してないわ。流石にそんな人間離れした記憶力を持っている訳じゃなくて、今回の為に覚えただけ。何なら今鞄に入っているから、確認しよっか?」
「いや、いい。合ってる。合ってるから。たぶん。お前が言うならそれで間違いないよ」

夜鷹のことになると話が止まらなくなる彼女を何とか落ち着かせて、本題に入ってもらうことにした。ただこの本題、彼女の性格上今まで無かったのが不思議だったくらいで、どうして今になってこの願いを俺に言ってきたのか分からなかった。

「私、一回ウェディングドレス着てみたかったのよ。だから、ちょっと付き合ってくれない?」
「は? 何で俺がお前の試着に付き合わなきゃ……」
「どうせあんた暇なんでしょ? それに、今日は丁度雨だから御誂え向きじゃない? それにあんた、身内の葬式以外で正装したことないでしょ、せっかくだからあたしが見てあげるわよ。ほら、旅は道連れ世は情けって言うじゃない?」

昔から俺の世話を焼いてきた彼女がこうだと言えば、俺はなかなか逆らうことが出来なかった。嬶天下と言えばそうだし、尻に敷かれると言えばそれも正しいのだが、一番分かりやすい言葉で言うと――惚れた弱み、である。

「……分かったよ、行きゃいいんだろ。その代わり、金は出せねえからな」
「自分の分は何とかするわよ。これでも私はあんたと違って、ちゃんと安定した職業に就いているわけだし。逆にあたしとしてはあんたがちゃんと交通費出せるか心配なくらいだわ」
「アホか、それぐらい俺にだって出せる」
「ならいいけど。それに実際私も一人でそういうところに行くのが恥ずかしいのよね。本当は両親と一緒に行ってもよかったんだけれど生憎予定が合わなくて。で、あんたに白羽の矢が降り立ったってわけ」


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