―――そもそも恋愛というものをしたことがない俺にとって、彼女を恋愛対象としてみているかなんてわかりっこない。
―――だが他人に聞くような真剣な話でも無い気がする・・・・・・これは課題になりそうだな。

意識が途切れそうになる中、彼は冷静に自分を分析する。
彼は自分のことがわからなくなることが多い、という名目で自らの心理を推理することがあった。それはこの消耗している状況でも変わらないところを見ると、案外彼は図太い神経をしているのかもしれない。
八十神は一度棘木の方を見たが、彼を放っておいても大丈夫だと判断したのかそのまま通話の終わった明日葉へと視線を戻した。
棘木はそのことに関して何も思わなかった。

「田所さん、こっちに来てくれるんですって! それまでここで待ってるって言っちゃったんですけどだ大丈夫でしたか?」
「ああ」

八十神はその言葉だけ確認すると、改めてデスクにしまわれていた自分の椅子に腰掛けた。そしてまた明日葉たちが来る前と同じように無言で書類を整理し始めた。どうやら俺には構うな、ということらしい。
明日葉はそんな八十神を見て、つまらないなあと思いつつも幼馴染の安否を確認するために傍へと歩み寄った。

「悟、もうちょっとしたらここに田所さんっていう上司が来るから、悪いけどその人に運んでもらってね」
「・・・・・・」
「ん、じゃあそれまで大人しくしててね」

了承の意でゆっくりと頷いた棘木を見て、明日葉は笑って励まそうとする。それは彼にとっては痛々しく、無防備な彼女に荷物を背負わせてしまっているような後ろめたさを感じさせるのには充分だった。
先程謝ったはずなのに、まだそれでも不十分な自分の弱さと中途半端さが憎々しい。
苛立ちからか、力が入らない分弱々しくも歯軋りをした。
明日葉はそんな彼の自己嫌悪には気が付かず、先程と変わらぬ調子で八十神に語りかけた。

「ところで遥さんと吹田はどこにいるんです?」
「・・・・・・俺の忙しいこの状態でしゃべりかけるのかよお前、空気読め」
「いいじゃないですか、社長なら溜め込んでも難なくクリアできるでしょ? それよりあたしの話にでも付き合ってくださいよ。この前ブッチしたのは社長からですよ」
「それとこれとは話が別だ」
「えー」
「それにお前が言ったんじゃないか、この時間帯で人がいるのが奇跡なくらいだと。今何時だと思ってるんだ? 俺がいただけでもありがたく思ってほしいところだ」
「言われてみれば確かに、普通は何もなければとっくに家に帰ってる時間ですもんね」
「お前も仕事を終えてから棘木悟と会っているのだろう? それぐらい察してから質問しろ、俺はお前に構っている暇はない」
「むー・・・・・・わかりましたよ」

幼馴染は体力の限界で動くことは愚か話すことすら出来そうにもなく、会社の社長は夜中にも関わらず仕事に追われそれどころではない。
構ってくれる人がいなくなって明日葉は退屈になった。しばらく頬を膨らませていたが、それでは物事が解決しないことくらい彼女でもわかっていたのですぐにやめた。

「で、秘書さんは? 今日はいないんですか?」
「千代反田か? 先に帰ってもらったよ」
「そうなんですか、てっきりずっと傍にいるものだと思ってました」
「基本そうだが、今回はしばらく仕事が長引きそうなんでな。千代反田自身も疲れが見えていたから今回は帰らせたよ」
「なるほど」

忙しそうに仕事をしながらも八十神は結局明日葉の素朴な疑問に対しての回答をする。明日葉はそれが少し嬉しくて、わずかに口角を上げた。
だがそれが自らの会社の社長の効率を下げることもまたわかり切っていたことなので、明日葉はこれ以上何も言わずまた幼馴染へと目を向けた。

八十神が普段いる社長室、つまり今明日葉たちがいる八十階へは専用のエレベーターでしか行くことは出来ないようになっていて、普段用事がないものは立ち入らないのが暗黙の了解でもある。
だが明日葉の場合は暇つぶしに会社に来ては社長と無駄話をしているくらいなので、明日葉以外の暗黙の了解と言った方が正しいのかもしれないが。

「田所さん、遅いなあ……」



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