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「で、何でついてくるわけ?」
「俺もこっちに用があるナリ」
嘘つけよ。さっきから明らかに俺の後付けて来てるじゃねーか。
ていうか何お前までちゃっかりサボってんだよ。
俺は内心そう突っ込みたくて仕方がなかったけど、いやに暢気な顔で鼻歌交じりの仁王を見ていたら突っ込んだところで大した返事は期待できないだろうと思って止めた。
ひとまず仁王はおいといて、俺は自転車置き場へと歩いていく。
ここには、卒業した先輩から受け継いだ俺専用のママチャリがあるのだ。と言っても、基本的に俺はバス通学だから、このチャリを使うのは駅から学校までの短い距離だけなんだけど。
たまに買出しに行ったりする時にも使えるから便利だったりして、俺は結構気に入っている。
鍵を差し込み、さあ愛車に跨ろうじゃないかと思ってふと後ろを振り返る。
なんとなく感じる重みと人の気配に嫌な予感が走った。
「……なに後ろ乗っちゃってんだよ!」
「そこに空席があったからに決まっとろうが」
「つーか!百歩譲って二ケツすんのはいいとして!」
「それはいいんか」
「おう、もうそれはいいや。うん、いいとして。何で俺が前なわけ!」
「仁王雅治は太陽の光に弱いからのう……」
「だったら教室戻ればいいだろぃ」
「ピヨ」
「答えになってねぇし」
俺は仁王の頭をぱかっと一発叩いてやった。
圧力が掛かったせいか、頭の綿毛が変な形に歪んでいてちょっと笑えた。
しかし、甘い牽制では仁王には何の効果もなかったらしく、早く出発しろと言わんばかりにサドルをぽんぽんと叩いている。
どうにかして引き摺り下ろしてやりたかったが、潔く諦めた俺は黙ってペダルに足を掛ける。
もう、どうにでもなれって気分だ。
―――――
不服ながら仁王の運転手にさせられた俺はひたすらにチャリを漕いだ。
ヤツはと言えば、道路を渡る猫だの、寂れた商店だの、すれ違ったきれいなお姉さんだのにいちいち喜んでいる。
返事をしてほしいのか独り言なのか定かじゃないし、会話を拾うのも面倒くさくて俺は何も言わなかったけど仁王は全然気にしていないようだった。
二人乗りに多少の疑問はあれど、ささやかな風を受けながら海岸沿いを走るのはそう悪い気分ではない。
それに授業をサボって、澄み切った空の下にいるなんてドラマみたいじゃないか。
適当なところでキュッと小気味いいブレーキの音を鳴らし、チャリを止める。
「やっぱり海か」
「悪かったな。どうせここしか思いつきませんでしたよーだ」
「まあ実際何かあるたびに来とるからの」
落ち着くしな、と仁王はチャリから降りて動物みたいな身軽さで防波堤に飛び乗っていく。
俺も慌ててチャリを止め、その後を追いかけていった。
立海から湘南の海までは5分もあれば着くのだ。
だから暇な時には部活帰りにみんなで寄ったりすることも多いのである。
俺にとっては見慣れた光景であり、好きな光景でもあるのだ。
ふらふらと歩いてお決まりの場所に腰を下ろせば途端に額から汗が噴き出る。
蒸したような熱気が身体を取り巻いていくのがわかった。
夏は終わってしまったが、まだ秋にはほど遠いのかもしれない。
広い海の向こうに水平線を見つけると、もうそれだけで十分のような気がした。
やっぱり海って偉大なんだな。自分がちっぽけに見えてくるこの不思議。
隣で仁王のヤツが横になってあくびをしているが、全然気にもならない。
鬱々とした気分が少し軽くなって、俺は思わず叫びたい衝動に駆られた。
……のだったが。
「お前さん、何を落ちこんどるんじゃ」
すっかり寝こけているんだろうと思った仁王に予想もしてなかったことを言われ、俺は壮大な海から一気に現実に引き戻されてしまった。
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