短編 | ナノ
防波堤で見た景色

新学期が始まっても、どこか虚ろな日々は続いていた。
……なんて格好つけて言ってみても、この浮かない気分の原因は誰のせいでもなく俺自身にあって、結局は自分の中でどうやってケリをつけるかの一点に絞られる。
それはわかっている。おそらく十分すぎるほどに。
だけど世の中、きれいに割り切れる物事ばかりじゃなくて、少しでも脳内を掠めれば反射的に感情が左右されてしまうのは当たり前じゃないか。
何が言いたいかって、つまり人間なんてそんなに単純にはできてないってことなんだけど。

とにかくそういうわけで、悩める丸井少年はこっそり教室を抜け出そうと思ったのだった。
五限と六限の間にあたるこの短い休憩時間、心の赴くままに動いてみようじゃないかと。

しかし。

「どこ行くんか」
「げ」
「何じゃその顔は」
「一番見つかりたくないと思ってた人間に見つかった時の顔に決まってるだろぃ」
「ほぉー」

下駄箱に向かうところを出来そこないの綿飴みたいな頭に見つかってしまった。
したり顔でにやにやと笑みを浮かべている仁王の、口角の上がり方がかなり憎たらしい。
いつもは俺が何をしようが放っておくのにこういう時だけ間が悪いったらない。

「六限、お前さんの好きな音楽じゃろ」
「別に好きじゃねーし」
「そろそろ教室移動しないとならんきに」
「……今から行こうと思ってたんだよ」
「ほー。じゃが音楽室はあっちなんだがの」
「……」
「……」
「んなこと知ってら」
「わざわざ靴履きかえて行くんか」
「……俺の勝手……だろぃ」
「靴を履いて行くのがか?……それとも、授業に出ないのが?」
「何お前気付いてたの?」
「それでごまかせると思うたんか、アホ」

だめだ。さすがペテン師と呼ばれているだけのことはある。
天才的な俺の天才的なごまかしが効かないなんてありえないだろぃ。
俺は仁王に気付かれないように小さく舌打ちをする。
ちょっとは空気読んだって悪いことは起きねーぜ、と心の中で毒づいてやった。

「……パス」
「は?」
「だーかーらー、次の音楽はサボりだっつってんの!」

……あーあ。言ってしまった。結局こうだ。いつもこうだ。
仁王のヤツは勝ち誇ったようにほくそ笑んでいる。
そうだ、こいつはこういう時はしつこくねちっこーく絡んできて、こっちが折れるのを待っているような嫌らしいヤツなんだ。
そして俺は根が素直で正直な人間だから嘘を突き通せないんだ。

あぁ、俺の天才的な「いい日旅立ち〜一人でちょっとそこまで〜」計画はこれにてジ・エンド。
そう思ったら一気に肩の力が抜けてしまった。



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テーマ「人外ファンタジー」
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