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「落ち込んでなんか、ねぇし」
ここ最近の浮かない気分が見透かされたんじゃないかと思って俺はすぐさま否定する。
そんなのなんか格好悪いじゃんか。
しかし、再び仁王の口からは予想外の言葉が飛び出したのだ。
「わかった。あれじゃろ。お前さんの筆箱の中から消しゴムがなくなっとったからじゃろ」
あれは俺じゃ、と悪びれずに仁王は言う。
一瞬その発言が飲み込めず、俺は言葉に詰まった。
消しゴム消しゴム……そう言えばいつの間にかなくなってて四限の数学の時間に隣の席の奴に借りたような記憶がある。
「何だよ、あれお前だったのかよ」
ていうか借りたなら返せよ。
思い返せば机どかしたり、机ん中調べたり、結構派手に捜索しちゃったじゃんか。中学生にとって消しゴムは三種の神器なんだぜぃ。
「違うか。じゃあ、お前さんのロッカーから辞書が一冊なくなっとったやつじゃな」
あれも俺じゃ、と仁王は言う。
「またお前かよ」
三限の時に探し回った挙句、本当に見つからないもんだからジャッカルに借りに行ったんだぜぃ。
俺の労力返せ。言っとくけどB組からI組ってかなり遠いんだからな。
「これも違うんか? じゃあ、お前さんカバンに入っとった板チョコ。あれ半分なくなっとったな」
あれは俺の昼飯になったナリ。しれっと仁王は言った。
「っていうかそれもかよ!」
大事な大事な間食タイムの楽しみがなくなっちまったじゃねーか!
つーかこいつは俺んとこから何でも持ってくのがそもそも悪いことだとは思わないのだろうか。
「まぁまぁ、そう怒りなさんなって」
「これが怒らずにいられるか!」
食べ物の恨みは恐ろしいんだぜぃ、と仁王に殴りかかろうとしたのだが、そっと差し出された手に俺の動きは制止させられてしまった。
仁王の手にはガムが握られていたのだ。
しかも俺の必需品、グリーンアップル味。
意外と殊勝な態度を取る男である。
何だこいつもいいところあるじゃん。
そう思って手を出したその瞬間だった。
「ってぇ!」
パチン、という音と人差し指に衝撃。
やられた。こいつはガムなんかじゃない。
駄菓子屋の隅っこに忘れられたように置いてあるあの玩具だ。
「仁王、おま……!」
ヤツを見れば、クツクツと笑いを噛み殺している。
もうヤダなんなのこの子。ここまで振り回されちゃう俺って不幸すぎるだろぃ。
俺はもはや怒る気力もなくなってがっくりとうなだれた。
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