近頃気になっている人がいます。

最寄りの駅から3駅先のスタバで働いている店員さん。
名札には「坂田」と書いてあった。
染めているのだろうか、キラキラと光を反射するきれいな銀髪と、重そうな瞼。
なんていうか、ひとめぼれをしてしまった、と思う。

生来の人見知りで、家や大学に近いカフェには絶対に入りたくないタイプな私は、あえてちょっと離れたカフェをよく使う。
今までは適当に最寄りから離れた駅で降りて、適当に目に入ったカフェに立ち寄るような、特定のお気に入りはなかった。

しかし、先月たまたま入った駅近のスタバにもうかれこれ週3回ペースで1か月通い続けている。
駅近も万が一知り合いに…を避けてあまり入らないようにしていたのだが、その日はゲリラ豪雨でとても散歩できる天気ではなかったからしぶしぶ入店した。
基本ホットコーヒーしか飲まないし、その日は豪雨で寒かったからコーヒー一択のつもりだった。

「いらっしゃいませー」
「ええと…」
「まだお決まりではないですか?でしたらこちらの苺ミルクフラペチーノにチョコレートソース掛けしたのがおすすめですよ」
「え?苺ミルクにチョコレートですか?」
「はい。ホワイトチョコとかパウダーとか色々かけてみたんですが、それが一番合うなって思いました。」
「へえ…えと、じゃあそれで」

ありがとうございます、と笑顔で言われてぎこちなく会釈を返す。
誰とでも上手に話ができるタイプの人っぽいなと思った。
その日は平日の午前中で、人もほとんどいない空いている時間だった。
そんなに広くない店内に、私と、一組の赤ちゃん連れのママたちがいるだけ。
端っこの方の小さいテーブルに席をとり、PCを出す。
フラペチーノはかなり甘くて、ちびちびとしか飲めない。
雨で寒いし、ホットコーヒーにすればよかったなとちょっと後悔した時だった。

「これ、いかがですか?」
「え、っと…」
「新作の、オレンジのパウンドケーキです。あと、今日のホットコーヒーの試飲も。」
「あ、ありがとうございます…」
「お勉強ですか?」
「あ、は、はい。大学午後からなので…」
「朝から偉いですね、お疲れ様です。頑張ってください。」

なんてことない世間話をして、去っていく坂田さん
なんていうか、悪い言い方をすると「なれなれしい」人だと思った。
人見知りの身としては、できれば放っておいてほしい。
もうこのお店には来ないことにしようかなと思っていたら。

「…fight?」
コーヒーの入ったミニ紙コップに書かれた、「fight」の文字と熊の顔。
なんだろうと一瞬思案して、気づいた。
私のTシャツに描かれた熊のことだ。
あの大柄な男の人が、こんなかわいい絵を描くなんて。
ちょっとかわいいなと思って笑ってしまった。
ついでに写真も撮った。

なんてことない差し入れ。
きっといろんなお客さんにしていること。
だけどなんだかうれしくて、それだけでまた来たいなと思ってしまった。




午後の授業が近づいてきて、そろそろ店を出る時間になった。
荷物をしまい、ごみを片付けていると。
とっくの昔に飲みほしたコーヒーの紙コップを、捨てるのにちょっと躊躇してしまう。
紙コップだし、洗ったとしてもあまり衛生的じゃない気がして持ち帰るのもどうかと思うが、自分に向けてくれたメッセージ入りのものを捨てるのはなんだか嫌だった。

ゴミ箱の前でコップを片手にじっと考え込んでいると。

「…それ、捨てないんですか?」
「え…あ、その、かわいいから…」
「ああ、なるほどー。気に入ってもらえてよかったです。…じゃあ、またいらっしゃったらその時も描く、というのはどうですか?」
「え?」
「俺がいる時間だったら、また描きますよ。あんなに喜んでもらえるとこっちもうれしいんで。」
「え、あ…はい、ありがとうございます。」

なんだか知らないけど、また来ることになってしまった。
それでも自分の手で捨てるのははばかられて、コップをゴミ箱に近づけたり離したりしてると、坂田さんはどこかへ行ってしまった。
そりゃそうだ、いつまでもこんなうじうじしてるやつに構ってられないだろう。
はあ、と一息ついて、捨てる覚悟を決める。
熊と目が合ってうっとなるけど我慢我慢。
…うう…

「はい、これどーぞ。中身入れてないんで、このままで持ち帰れますよ。」
「…え、これ…今描いたんですか?」
「はい。まったく同じとはいきませんけど、少しは代わりになるかなって。」

小さな紙コップに描かれた熊ちゃんと「thank you」の文字。

「これと交換しましょ。大学午後からっておっしゃってましたし、時間もそんなにないでしょ。」
「…あ、そうだった…!ありがとうございます、ではそれいただきます。」

新しい紙コップを手に駅まで急ぐ。
かわいいな。

その翌日。
今度は朝一でそのスタバに行った。
2限から授業なのであまり時間がない。
だけど、なんとなくまた行きたくなってしまったから。

「…あ、いらっしゃいませー。」
「え、えと、昨日のコーヒーtallを1つ」
「ありがとうございます、450円です。」

今日はまだ朝早いから、出勤前の社会人の方とか大勢いて、坂田さんとの会話は昨日より淡々と行われる。
…昨日、また来たら描いてくれるって言ってたの、社交辞令だったかな。
真に受けて来ちゃったけどうざがられてるかな。

お会計を済ませ、コーヒーを待つ時間がなんだか長く感じる。
なんだか居心地が悪くて、トートバッグにつけた大き目なウサギのキーチャームをなでる。
持ち前のネガティブ思考が頭をめぐり、もうコーヒーもいらないからお店も出たい気分になってしまった。

「…ホットコーヒーお待ちの方。」
「あ、は、はい。」

俯いたままさっと受け取り足早にお店を出る。
なんだか恥ずかしくて、悲しくて目頭がじんわりと熱くなってきた。
そのまま電車に乗り込み、ため息を一つ。

「…あ」

"Cheer up"

昨日より大きい紙コップに書かれた一言とうさぎさんの絵。
坂田さんは、ちゃんと覚えていてくれた。書いてくれた。
万人共通の「thank you」じゃなくて、落ち込んだ「私を見て」書いてくれた。
紙コップから伝わる熱が、全身にまわっていく気がした。





「…あ、いらっしゃいませー」
「こ、こんにちは。えと、今日のおすすめは…」
「俺の一押しは昨日から出ているザクザクショコラのラテをオールミルクのカスタマイズかなあ」
「じゃ、じゃあそれで」

あれから、私は最低でも週に三回はそのスタバに通い、坂田さんのおすすめを聞いてはそれを頼んでいる。




2020.08.18

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