10.それでも寂しいの

まるで地獄の釜のような、真っ赤なお雑煮を意識が飛びそうになりながらも平らげて、私と総悟君は満身創痍だ。

ミツバさんは本当に素敵な女性だと思う。
美人なのは当たり前なんだが、優しく、気遣いができて、いつも微笑みを絶やさない。
一通りの家事をこなせるだけでなく、それらを丁寧に仕上げる。
早くにご両親を亡くしたらしく、寺子屋に通うなどの学びを受けたことはないらしいが、場に合った言葉と振る舞いができて、彼女の言動は頭の悪いそれではないと幼い私にも理解ができる。
まさに内面も外見もパーフェクトな素晴らしい女性なのだ。

…ただ、味覚を除いては。

「うっ…そ、総悟君、生きてる?」
「…これも姉上の愛情…姉上の好物を俺たちにも分けてくれるくらい心の広いお人なんだ…俺は食べる…いくらでも食べる…」
「しっかりして総悟君…これ以上食べたら味蕾がおかしくなるよ…」

総悟君の意識がもうろうとしてきた。
若くして痔になったらかわいそうなので、台所へと消えたミツバさんにお腹がいっぱいだと告げに走る。


年が明けて、近藤さんたちのもとへ挨拶に向かうと「上京する」と伝えられた。
浪士を集めて警察組織を江戸で立ち上げる話があるそうで、近藤さんたちはそれに立候補すると。
初めから、私とミツバさんの選択肢はなかった。
「寂しくなるな」とか、「手紙書くからな」とか言って
私たちはここに置いていく、と暗に告げられていた。

総悟君は、その話の後から露骨にミツバさんと時間を共にするようになった。
13歳の少年が、肉親と離れて命のやり取りを行うようになるということが、どれほどのことなのか。
私には計り知れないと思った。
辛すぎるお雑煮をおなかがはち切れるまで食べるのは、その温かい味を舌に焼き付けるためなんだろう。

洗い物を手伝うとミツバさんに申し出たが、2人で話でもしていて、と言われお言葉に甘えることにした。
居間に戻ると、こたつでぐったりしている総悟君がいた。
こんな光景も、あと少しで見られなくなるのだと思うと急に寂しさが現実味を帯びてきて胸が苦しくなる。
私もそっとこたつに入って、総悟君の苦しそうな顔を見つめる。

「…いつ、ここを立つの?」
「4月になってすぐだったかな。」
「あと4か月か…」
「んだよ、寂しいのか?」
「そりゃあね。今の私には、ここでの生活がすべてだからさ。ちょっと不安かも。」
「そーいや…お前には名字もなかったな。」
「そうだよ。どうしよう、このまま一生思い出せなかったら…DVDレンタルできない」
「そこかよ」

ふふっと笑う。
総悟君に寂しいと泣きつきたくはなかった。
きっと、私よりもずっと寂しくて、心細いはずだから。
それでも、剣士として生きていくと決めたのだから、彼もまた泣きつくことはないだろう。
お互い茶化しあって、なんてことないふりをするんだ。

「そしたら、沖田姓を名乗ってもいいぜ」
「え?」
「舎弟…は違うな。妹…いやかわいがりたいわけでもないし…」
「ねえ失礼なこと考えてない?」

嫁という選択肢はないのだろうか。
いや別に、総悟のことは好きだけどそういう意味ではないし、仮にも恩人であるのだからそんなおこがましいこと考えていいわけもないのだが。
総悟だって、私のことを総悟なりに大事にしてくれてるだろうがやっぱりそういう好きではないんだろうと思う。
なんでまた、急に沖田姓をくれるなんて言い出したんだろう。

「…姉上のことを、頼む。」
「そりゃあ…私にできることなら何でもするけど…」
「別に剣を握れ戦えってわけじゃねぇよ。」

襖の先に見える、洗い物をするミツバさんをぼんやりと眺めながら
総悟君はぽつりぽつりと言葉を吐く。

「姉上は、お前がきてから楽しそうだよ。来るまでもよく笑っていたけど、このあたりには女子はいねぇし、俺たちはみんな粗暴な男たちで、本当の意味で姉上と話の合うやつはいなかった。」

「理子は…年が近いってわけじゃねぇけど、やっぱり女同士分かり合える部分もあるだろうし…何より姉上が一人だけでいる時間が減っただろ。」

「俺に見せる顔と、土方の野郎に見せる顔と、近藤さんたちに見せる顔と…今までそれしか知らなかったけど、理子といるときの姉上の顔は、なんていうか…また新しい…うーん…」

「あーー、わかんねぇけど、姉上が楽しそうな顔をするから、俺、お前がきてよかったって思てんだよ。」

「俺がいなくなっても…あの野郎がいなくなっても、お前がいると思ったら俺は安心して出ていけるよ」

「…泣くなよ。」




それでも寂しいの

寂しい。寂しい。寂しい。

2020.09.05

[ 10/20 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



[top]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -