2
「あ。いらっしゃいませぇ、といっても俺はもう上がったんですけどね。」
「こ、こんにちは。えと…今日はもう帰るんですか?」
「あー…実は俺も大学生なんですよね。就活終わった4年生なんです」
「あ、内定…おめでとうございます!」
「ありがとうございまぁす。今日はそれ関係で早めに上がらせてもらったんです。」
「そうなんですね…」
2日ぶりに伺ったスタバから、私と入れ違いに坂田さんが出てきた。
片手には…白っぽいような黄色っぽいような、生クリームたっぷりのフラぺを持っている。ちらりとお店前の黒板を見たら、チーズとレモンのフラぺが新作みたいだ。抜かりないな、坂田さん。
コミュ障なせいで「そうなんですね…」から話を続けられない私は、顔も直視できないから、うつむきがちに坂田さんのフラぺをちらちら見ていた。
坂田さんの内定はおめでたい。何かお祝いしたいけれど、ただの客が派手にお祝いなんてしたら…うん、怖いね。ストーカーを疑うかも。
はぁ、せめて連絡先でも知ってたらな…
「…あの、もしよかったら、これいります?」
「え?」
「すみません、これもう今日の分完売しちゃったんですよ…まだ口付けてないんで、よかったらどうぞ」
「え、あ、え…」
「遠慮しないでいいですよ。そんなに見てたらわかりますって。」
いや、フラぺが欲しいんじゃなくてあなたの顔を見られなかっただけです!なんて言えないけど。
実のところ、私は甘いものはお菓子としてなら好きだけど飲み物だとそう好んで飲むタイプではない。
坂田さんがいるから、少しでもお話したくて、少しでもいい印象を持ってほしくて「おすすめ」を聞いて頼んでいる私だ。
坂田さんがいないなら、まあ普通のコーヒーでも頼んでとんぼ返りしようかななんて思っていた。
でも坂田さんが、くれるというならば、それはもちろんいただきたいです。
ああでも坂田さんのものだし…こちらからお祝いを差し上げるならまだしも私がもらうなんて…
そんな風にぐるぐる悩んでいたら、手のひらにひんやりとした感覚と、手の甲に温かい感覚。
視線を手に落としたら、衝撃の絵面が。
「はい、どーぞ。」
「っあ、え!?」
「すみません、そろそろ行かなきゃなんで…今度感想聞かせてくださいね。失礼します。」
「あ、あ…」
私の手を握って、フラぺを持たせてくれて、持つ手の上から念押しでぎゅっとまた握ってくれた
あまりの驚きで声も出ないで固まってしまったが、え、え、え
同様の余りプルプルと震える手を見てあわててぎゅっと持ち直す。
坂田さんから頂いたものを落とすわけにはいかない。
ええ、これ飲みたくない…ずっと飾ってあがめたい…
けれども無情にも溶けていくクリームを見て泣く泣く口をつける。
甘い…甘すぎるくらい甘いけど…坂田さんがくれたものだと思うと天国の飲み物のように感じられる。
幸せだ…
飲みほした後、少し迷ったけどコップをビニールに入れて持ち帰った。
家について、きれいに洗った後棚に飾った。
その横には、初めてあった日にもらった小さな紙コップもある。
今日のは何も書かれていないまっさらなコップだけど、かえってそれがうれしかった。
「坂田さんのもの」をもらった気がしたから。
にやける顔を抑えきれず、ちらちらとコップを見てしまう。
うれしい、幸せ、ドキドキ。
…私も、やっぱり何かお返ししたいな。
重たくなくて、でも喜んでもらえるもの…
その時私は舞い上がっていた。
坂田さんからフラぺをもらって、手まで握ってもらったことにうかれていた。
どうして自分でもそんなに積極的になれたのかはわからない。
たぶん、ほんとに、何も考えてなくて
だからこんなことを考えてしまった。
「クッキー、手作りして、渡そう」
2020.09.20
[ 12/20 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
[top]