ブスって言ったやつがブス

「おいブス」
「…ねえ、私の名前はブスじゃないって何回言ったらわかるの」

私は真選組の女中をしている。
もともと母が勤めていたのだが、腰を悪くしてしまい今は療養中。
その穴埋めとして、1か月ほど前就活中の私が臨時採用された。

この男、沖田総悟は当初から何かと突っかかってくる。
原因は…さて、なんだろう。
最初に話したのは3週間ほど前。
食堂で隊士の方々に食事を渡していると、土方副長が並んでいるのが見えた。
その顔にはいつもより濃い隈があり、なぜか体のいたるところに煤がついていた。
はあ、とついたため息からはとっても疲れていることがうかがえた。

あまりに気の毒だったので、献立にはもちろんないメニューだが、特別にマヨたっぷりのコーヒーをトレーに乗せてあげた。
母からよく、土方副長が疲れているときにはマヨコーヒーを差し入れてあげていたと聞いていたからだ。
土方副長はそのトレーを見て一瞬驚いたような顔をしたが、「佐藤さんの入れ知恵か」とこっちを見て笑ってくれた。
喜んでもらえたようで何よりです、と返すと食堂にドンと大きな音が鳴り響く。

「おーい土方ぁ、なに女中捕まえてにやにやしてるんでィ。セクハラですかィ?」
「総悟てめぇ…!」

その音は、沖田隊長さんのバズーカが発したものだった。
煤だらけになった食堂で二人の追いかけっこが始まる。
ああ、せっかく作ったマヨコーヒーがひっくり返っちゃってる…
むくれながら沖田隊長さんを見ると、こっちをぎろりと睨むからあわてて目をそらす。

そしてお昼ご飯の後片付けと食堂の掃除が終わり、庭で洗濯をしていた時だった。
「おいブス」
と誰かが言ったのが聞こえた。
酷いことを言う人がいるもんだなあなんて思いながら洗濯物を続けていると、もう一度「おい、ブス、聞こえてんだろ」なんて声が聞こえる。
…え、まさか私のこと?

誰だよ!って苛立ちながら振り返ると機嫌の悪そうな沖田隊長さんがいた。
無理無理、一般隊士さんならもう!なんて軽く言えたけどこの人は無理、怖い。
本能がこいつはやばいと言ってくるからあわてて頭を下げる。

「…すみません、何かお気に障ることをしてしまいましたか」
「土方の野郎に色目使ってただろ。気色わりぃ」
「ええ!?…あ、すみません。いや、色目なんて…もしかしてコーヒーのことですか?」
「それ以外に思い当たることでもあるんで?」
「いいいえいえ、ないです…。すみません、で過ぎた真似をしました。もうしません。」

そういうと、チッて舌打ちしてどこかへ去っていった沖田隊長さん。
もうこれっきり話すことはないだろうと思っていたんだが…
それ以降、なぜか毎日「おいブス」と声をかけられる。
最初こそ「違います、私の名前は佐藤理子です」なんて丁寧に訂正していたが、途中から腹が立ってきてこっちもタメで話すようになってしまった。

「お前、誰に口きいてると思ってるんでィ。泣く子も黙る真選組一番隊隊長様だぞ。もっと敬え」
「馬鹿の一つ覚えみたいにおいブスしか言えない人を敬うなんて…私にはとてもできないわ」
「このくそアマ…!」
「第一沖田さんの方が年下でしょ。あなたこそもっと年上敬いなさいよ」

誰がお前なんか敬うかなんて吐き捨てて去っていく。
本当に、彼は何がしたいんだ。
はあ、とため息をつくと、今度は近藤さんがやってきた。

「いやあ、理子さんは総悟と仲がいいなあ」
「やめてくださいよ近藤局長。あんなのと仲がいいなんて虫唾が走ります。」
「いやいや、けんかするほど仲がいいなんて言うだろう。総悟は剣の腕こそ一人前だが、中身はまだまだガキのままだ。素直になれないんだろう」
「十分素直ですよ。まさか、あれが照れ隠しだとでも…?」

近藤局長は沖田さんに甘い。甘すぎる。
まずうら若き乙女にブスなんて使うやつは女の敵だ。
あんなのと仲がいいなんて御免被る。

「え!もしかして理子さん、総悟のこと嫌いなのか…!?」
「嫌いっていうか…いやまああれだけ敵意むき出しにされたら嫌わざるを得ないですよね。」
「いやいやいやいや待ってくれ!!違うんだよ、総悟はなぁ…」
「おい近藤さん、それ以上は野暮ってもんだぜ」
「土方副長…まさかあなたまでそんな妄想を…?」
「妄想って…まあ、一つだけ言っておくと、総悟は本当に嫌いな奴には見向きもしねえよ。」

さあ近藤さん、仕事するぞなんていって去っていく二人を見送る。
だめだ、ここの大人はあのクソガキに甘すぎる。
けども。万が一、いや何兆分の一の確率で私に好意が合ってあんなバカみたいな真似してるんだとしたら。
…さて、どうしようかな。

それから2週間ほど、相変わらず毎日「おいブス」と声をかけてくる沖田さんを適当にあしらっていたら、やっとお母さんの腰がよくなり私はここを去ることになった。
仕事最終日、土方副長や近藤局長などの面識のある隊士数人、それから沖田さんが私を見送るため屯所先に集まってくれた。

「いやあ、理子さんは本当に働き者で助かったよ。このままここで就職してくれてもよかったのに…」
「うーん、ありがたいお話でしたが、母と同じ職場で働くってなんだか気まずくて…」
「それもそうか。まあ、もしどこも就職できなかったら遠慮なくここで働いてくれ!」
「ありがとうございます、また機会があればよろしくお願いします。」

お疲れ様、ありがとう、なんてやり取りを皆さんとしている間、沖田さんは一人何も言わずじっとこっちを見つめてくる。
この二週間、注意してこの人とやり取りしたり観察したりしていたら、確かにこの人は私に関心があることはわかった。
よく視線を感じるし、私が一人の時はほぼ間違いなく話しかけてくる。
それが好意なのかはたまた敵意なのかはやっぱりわからなかったが。

別れの挨拶も済み、では、と歩き出したらなぜか沖田さんも一緒についてくる。
「なんでついてくるの?」
「近藤さんに夜道は危ないからおくってやれって言われたんでさァ。まあこんなブス、危ないわけねえのになぁ。」
「…ふーーん。」

相変わらず口の減らない男だ。
このクソガキに最後くらい仕返ししてやってもいいのではないだろうか。

「ねえ、沖田さん。最後に言いたいことがあるので耳を貸してもらえませんか?」
「…なんでぃ、かしこまって。」
「いいから…ほら、かがんで。」

細い路地に連れ込んで、沖田さんのスカーフを引っ張る。
途端、ちょっと動揺する沖田さんを見てこれはもしかしたら本当にそうなのかもしれないと思った。
鼻と鼻がくっつきそうなくらい顔を近づけてその大きな目をじっと見つめる。
沖田さんの胸に手を当てると、ドキンドキンと心拍数が上がっていくのがわかる。

あと少しで唇がぶつかる!というところまで近づいて、私は言った。

「ブスって言ったやつがブスなんだよ、ばか」

そしてチョンと触れるだけのキスをする。

ぽかんとする沖田さんはちょっとかわいくて笑ってしまう。

「これに懲りたら、年上のお姉さんに対しての振る舞いは気を付けることね。」

ばいばーいなんて手を振ってもうすぐそこの家まで駆けていく。
後ろから待てこのくそアマ!なんて聞こえるけど無視して家へ入る。
うちには母がいるからうかつに入ってこれないだろうと踏んでの行動。

さて、次にあったら今度はどんな態度かな。




ブスって言ったやつがブス


次の日、仕事から帰ってきたお母さんにビンタされたから何事かと思ったら「あんた、沖田君を手籠めにしたってほんとかい!?」なんて。
…あのクソガキめ。


2020/07/22

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