ボタンと共に落ちた心

指名手配書でよく見る整った顔。
攘夷浪士の親玉と聞いたが正直想像つかない。
こんな美しい優男が粗暴な攘夷浪士?
きっと何かの手違いで指名手配されているんだろうな、なんて呑気な事を考えていた。
…昨日までは。

「かああつらあああああ!!!!」
遠くから聞こえる怒鳴り声のすぐ後に響く爆発音。
あ、真選組のかわいい顔の人がまたバズーカ打ってる。
それを華麗に避けて走る美しい指名手配犯。
もう少し眺めていたかったがバズーカの餌食になってはたまらないので近くの路地に逃げ込む。

と、後ろからすごい衝撃を受けた。
思いっきり突き飛ばされたような感覚、いや何かが突進してきた?
あまりに急のことで受け身も取れず顔から地面に突っ込みそうになったとき、誰かが体を差し込んで下敷きになってくれた。
顔を上げると、さっきまで見ていた端正な顔があった。

思わず叫び声をあげそうになったが、桂小太郎がその手でさっと私の口をふさいだことにより、その声が漏れることはなかった。
美しい女顔をしているのに、その手はごつごつとしていて、大きくて、不覚にもドキッとしてしまった。
ばたばたと動かしていた手足をおさめ、抵抗しないという意思を示すとその手は離れていった。

おそらくこの人、桂小太郎もバズーカから逃げるためにこの路地に入ったんだろう。
そしたら先客がいたからぶつかってしまった。
そして今、立ち上がってまた走りだそうとしているんだが…

「くっ…これだから洋装は…!」
「すすすすみません…天パなばっかりに…!」

私の髪が、桂小太郎のボタンに引っかかってとれないのだ。
引きちぎろうと引っ張っても天パがまっすぐのびるだけでとれる気配もない。
割とゆるふわでかわいいなー私の天パ、なんて気に入ってたがそれも今日で終わりだ。
この髪の毛が憎い…!

「すまないが、カスどもを撒くまでついてきてもらうぞ」

そういって私を俵抱きにして駆けていく桂小太郎。
私は正直そんなに軽い方ではないし、人ひとり抱えたら結構動きずらいものだと思うのだが…
軽々と走り続け時には飛んで障害物を避けるその身のこなしはもはや人のなす業ではないような。
まあ、長いことあの真選組に追われても逃げ続けられる所以がわかった。

しかし、さすがの桂小太郎も人間である。
かれこれ数十分は走り続けており、その間も何度か危険なこともあった。
あのバズーカはほんとにヤバイ。私という人質(はたから見たらそう見えるはず)を抱えているのに容赦なく打ち込んでくる。
あのベビーフェイスは危険すぎる。

そして私の方も限界だった。
俵抱きにされているせいでお腹に振動がダイレクトに来る。
ちょっと、いやだいぶ気持ち悪い。
走ったり飛んだりするのがあまりに早くてかつ不規則なせいか、酔ってきた気もする。

桂小太郎は私のうめき声を聞いてか聞かずか知らないが、しばしの辛抱だ、とかあと少しだからな、とか時折私を励ましてくれる。
私はもう自分の天パが情けなくて、すみませんを連呼する。
う…そろそろほんとにヤバイかも、気持ちわる…い…

「…すまないが、あそこの出会い茶屋に一時避難させてもらう。誓ってやましい気持ちはないと約束する。カスどもの目くらましの間だけだ。」

そう言って、さっと部屋に入り込む。
ようやく解放された私のお腹は、久々に思いっきり息を吸い込んでなんとか吐き気をおさめてくれた。

さて、問題は髪の毛とボタンだ。
私が呼吸を落ち着かせている間も桂小太郎は一生懸命外そうと努力してくれていた。
しかし、走っている間に余計に絡まったのか、もはやもじゃもじゃとだまになっていて、どこをどう外せば元通りになるのかわからない感じだ。

すると、桂小太郎はすらりと刀を抜いた。

「すまないが、ボタンを切り落とそうと思う。女子の髪を切るわけにはいかぬからな。怖いと思うが、じっとしていてくれ。誤って傷をつけでもしたら大変だ。」
「あ、いえ私の心配はしてないんですが、その外套、ボタン一つで留めてるんですよね?それ斬り落としたら外套がもう使い物にならないんじゃ…」
「構わぬ。それ以外に道はないからな。」

そういって何の迷いもなくボタンだけを切り落とす桂小太郎。
私の髪にくるまっていたボタンも、少しほぐせばポロリと落ちた。
申し訳ない気持ちでいっぱいだが、これで彼も楽に逃げられるだろう。
…そう思ったときだった。

「御用改めである!桂小太郎がここに潜伏しているとの情報あり!」
「「!」」

窓の外を見やれば黒い服を着た男たちに店の周りを囲まれている。
1階からはどたどたと男たちが走り回っているのが聞こえる。
まずいことになった。逃げられないのだ。
桂小太郎も苦い顔をしている。

「…私の髪の毛を護ってくれたお礼です。」

最初絡まったときに、思いきり髪の毛ごと引きちぎってしまえば楽に逃げられたのだ。
下手な浪士ならそのまま斬り殺すものもいるだろう。
ただの町娘の髪の毛一束のために危険を冒すこの人は、そんなに悪い人ではないんじゃないか、なんて思ってしまう。

さっきボタンを切り落とした外套を敷布団のように敷いて、その上に桂小太郎を押し倒し、その腹に乗る。
桂小太郎のワイシャツを留めるボタンを全て外し、上裸にさせる。
私はするりと帯を解いて、着物を羽織るだけの状態にする。
そしてその帯を桂小太郎の目と頭に巻き付け、「そういうプレイ」をしている風に見せる。
その間桂小太郎はぽかんとしたり顔を赤く染めて困惑したりしていたが、とにかく時間がないのでそっちのケアはできなかった。

足音が迫り、大きな音を立てて襖が開かれる。
私はゆっくりと振り返り、肩にかかる着物を少し落とし、胸を見せる。

「…なにか?」
「あ…ここに桂がいるとの情報を得て捜査しているのですが…」
「無粋な人たちですね。私たちが何をしているのか、見てわからないのですか?」
「す、すみません…お邪魔しました!」

そういって勢いよく襖を閉め去っていく真選組。
外からは上玉が攻めてただの俺らも吉原行こうだの下世話な話声がするが、それも次第に遠ざかっていく。
しばらくして、外で周りを囲んでいた隊士もいなくなり、ようやく安寧が訪れた。

「ふう、すみません、無理やりこんなことをしてしまって…」
「いや、ああ、うん、かたじけない。助かった。うむ、ああ…」
「…そんな照れないでくださいよ。お互い異性の体を見るのが初めてでもないでしょう。」
「女子がそんな擦れたことを言うんじゃない!!」
「ええ…。」

なぜだか怒られた。
洋装と違い、着物の下は何も身に着けないので私は本当に今ほぼ裸だ。
しかしこれだけの美男子なのだから、いくら犯罪者とはいえ経験がないとは思えない。
それに私は正直そんなにスタイルがいい方ではない。
お腹の脂肪の割にお胸がないので…着物が似合う寸胴体系だ。
この人は何をそんなに慌てているのだろう。

もう真選組もいないのだし、いつまでも脱いだままでいる必要もない。
私は桂小太郎の腹の上から降りて着物を着る。
桂小太郎はしばらくぶつぶつ言っていたが、少ししてから彼も服を整えた。

「では、もう会うこともないでしょうが、美丈夫を間近で見れて楽しかったです。お元気で。」
「び…!?あ、ああ。またな。」

なぜか「またな」という桂小太郎。
社交辞令だと思うがちょっぴりうれしい。
そうして私たちは、出会い茶屋を去っていった。



それから二週間ほどたったころ。
私はあの路地裏を歩いていた。
私と桂小太郎がぶつかった、あの路地裏だ。
実はあれから毎日この道を通っている。

もう会うことはないだろうが、もしかしたら、と思って。
「またな」が頭から離れないのだ。
すると、前からお坊さんが歩いてくる。
深く傘をかぶっているので顔が見えないが、お坊さんとすれ違うのに無視するのもなんだかと思って会釈する。

「…また会ったな。」




ボタンと共に落ちた心


腕を掴まれて、あっという間にその胸に吸い込まれる。

「あの日の情事を忘れられなくてな」
「情事って…ただ裸を見ただけでしょう。お坊さんの癖に煩悩だらけですか。」
「女子がそんな擦れたことを言うんじゃない!」
「ふふ…はい、この前のボタン。また会えたらお返ししようと思ってたんです。」

驚いたような顔をした後にんまりと笑う桂小太郎。
…願掛けとして持ち歩いていたのがばれてしまったかしら。


2020.08.05

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