私の希望
こらえられずに吐き出した赤黒い血は、全身の切り傷から流れる血でできた水たまりに溶け込んでいく。
だんだんと視界がぼやけてくる。
なんでこんなことになってるんだ?
明日は総悟の誕生日で、今晩から明日にかけて私の部屋でお祝いパーティーをする約束で…
スーパーでいいお肉を買って、近道のために少し人気のない道を進んだらいきなり斬りつけられた。
「お前の男に恨みがある」
と言っていた。きっと総悟に斬られた浪士の仲間かなんかだろう。
そいつの正体はどうでもよくて、でも総悟のお祝いしたいから今死ぬわけにはいかないとお肉が入った袋を振り回して防戦してた。
でも刀に勝てるわけなくて、体にはどんどん傷が増えていく。
お腹に刃が刺さったらもう動けなくて。
ついに倒れた私の頭を踏みつけて、とどめを刺さずに去っていく男。
苦しんで死ね、ってか。
死んでやるもんか。総悟におめでとうっていうんだ。
死なない、死ぬもんか…
携帯で総悟の番号を打つけど、文字がかすんでうまく打てない。
やっとの思いで発信ボタンを押したと同時に意識がなくなった。
____
声が聞こえる。
元気な女の子の声や、男の人の声。
ああ…神楽ちゃんだ。銀さんに新八君に…土方さん?さっちゃんもいる。…ええ、近藤さん、なんで泣いてるの。
「命があるだけよしと思えばいいのかしら…」
「嫌ネ!!!また一緒に遊ぶ約束したアル!!!」
「理子さん、目を覚ましてくれないか…!」
あ、だんだん状況が読めてきた。
私は今、きっと病院かどこかで眠っているんだ。
頭だけ動くけど体はピクリともしてくれなくて、みんなの声に答えたいのに答えられない。
「…総悟も中に入ってきたらどうだ?」
「いや、俺はここでいいんでさァ。」
…総悟。
いつもより低くて、苦しそうな声。
責任でも感じてるの?やめてよ、私の意志で隣にいたんだよ。総悟が申し訳なく思うことなんてない。
そう、言いたいのに、顔を見たいのにやっぱり私の体は動かない。
「そろそろ面会終了のお時間です。」
看護師さんの声がかかり、みんな私に労りと励ましの声をかけて外に出ていく。
結局、総悟が私に話しかけてくれることはなかった。
みんなが去ってからもずっと体を動かそうと頑張ったが、1ミリも動かない。
先生の往診が終わって、消灯の時間になったがやはり動かない。
もしかして、私の体は一生動かないのだろうか。
もう二度と、総悟の声を聴くことはおろか遠くからその姿を確認することもできないのか。
どんどん深いところに心が落ちていく、そんな私をひきあげてくれたのは。
「理子」
開いた窓から聞こえる総悟の声。
総悟、どうしてここに。来てくれたの。
思っても思っても声は出なくて。
近くに行きたいのに動けない。
そんなもどかしい私の手に、窓から侵入した総悟が手を重ねてきた。
「…すまねえ、俺は、こうなる危険がわかってて、それでもお前と一緒にいたんでさァ。」
私もわかってたよ。
「土方のヤローは、これを危惧して姉上を置いていったんだ。わかってたのに、それでも俺の思いを優先しちまった。」
私も、安全よりあなたへの思いを優先したんだよ。
「もう、お前とは会わない。今日は、最後に顔を見に来たんでさァ。」
嫌だよ。
「こうしている間にもお前に危険が増すのに、わかってても最後に一目だけ、と…。どこまでも自分本位な俺を、許してくれとは言わねぇ。恨んでくれ。俺のことは憎んで、嫌って、…いや、忘れて下せェ」
そんなことできない、私はずっと…
じわりと目頭が熱くなったと思ったら、目の端から涙が流れた。
私の手に手と額を乗せる総悟は気づいていない。
「目が覚めてくれるなら、俺の手の届かないところで、笑って暮らしてくれぃ。お前は俺の…」
嫌だ、離れないで、ずっと一緒にいたい、置いていかないで…
指先が、ほんの少しだけ、ピクリと動いた。
弾かれたように顔を上げる総悟。
「…泣いて…、俺の声が聞こえてるんでぃ…?」
そう、聞こえてる、答えたい、行かないでって言うんだ、動け、動け…!
「…い、しょに」
わずかに開いた瞼の先には顔を歪める総悟がいて。
たったこれしか口も動いてくれないけど伝わってる。
「い、しょに、い、きよ」
伝わって。あなたがいないなら私の命はきっと尽きてしまう。
あなたと生きるために、私は頑張るの。
「お、た、じょうび、おめ、とう」
とぎれとぎれにしか出てこないけど、総悟にはちゃんと伝わってる。
苦しそうに、でも嬉しそうに泣きながら微笑む総悟を見てまた涙がこぼれる。
来年も、再来年も祝うの。
一緒に年をとれたことを喜ぶの。
そうやって生きていこう?
「…誰かいるんですか?もう面会時間はとっくに…あ!先生!!佐藤さんが目を覚ましたようです!!」
看護師さんに見つかった総悟は追い出される。
でも大丈夫。
また会える。
私たちの未来は、きっとつらいことも苦しいこともたくさんあるだろう。
もしかしたら次こそは命が尽きるかもしれない。
でもいいの。
あなたという光が、希望があれば、最期の一瞬まで幸せでいられるから。
私の希望(沖田総悟生誕祭2020)
2020.07.08
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