阿部/これは恋じゃない1



そう、



これは



これは恋じゃない



「意外!あいつのどこがいいのー?」

「真理ちゃん…そんなこと言わないでよ」

「なに?なんの話してるの?」


部活後、教室に戻ってみると親友の真理子と千佳がなにやら盛り上がっていた。


「二人ともまだ残ってたんだ」


語尾を延ばす癖があるのは真理子。
だからと言って別にぶりっ子ってわけじゃない。
思ったことはハッキリと言うし、やりことはやる。
でもちゃんと筋は通す。
ショートへアのちょっとツリ目の眼鏡美人。


少し大人しめの千佳。
千佳は口数は少ないけど、きちんと自分の意思を持ってる。
ちょっとドジだけどそこがいい。
くせっ毛が可愛いクリクリした目が印象の癒し系美人。


二人とも頭も良くて常に10位以内。


比べて、私は平々凡々。
成績だっていつも中の中。
外見だって可愛くも何にもない。
唯一の取り柄は体育はいつも5。
とにかくスポーツだけは得意。
自慢にもなんないかもしれないけど。



入学した当初から真理子と千佳といつも三人一緒。
もう一年がたった。

帰宅部の二人は放課後になると帰宅するが、珍しく今日は部活が終わる時間まで教室に残っていたのだ。


「お疲れー。大変だねー野球部」

「まぁね」


一年生の時にテニス部に所属していたが、腰を悪くしてしまった。
だらだら部活に残っているのも嫌でスッパリ辞めた。
同時に志賀先生に誘われて野球部のマネージャーになったのだ。


「で、なんの話してたの?」

「千佳の好きな人の話!」


ずっと一緒に過ごしてきたけれど、千佳からそんな話は聞いたことがなかったので妙に盛り上がっていたのだ。


「へぇー!珍しいじゃん、千佳」

「…自分でも気付いてなかったみたい。中学からずっと一緒だったけど」

「で、誰なの?」


ワクワクしながら千佳に尋ねる。


「そ・れ・が!」

「……あっ…阿部くん」

「っ、えぇー!?阿部ってあの阿部隆也!?あいつのどこがいいの!?」

「名無しちゃん…真理ちゃんと同じこと言わないでよ」

「あははっ!ごめん、ごめん」


阿部隆也。

野球部に入部してから知った。
タレ目の野球バカ。
そして三橋LOVE!
すぐ怒鳴るし、俺様野郎。
それは私にも同じ。
だからいつもとばっちりを受けないように極力近寄らないようにしている。


「でもあまり話したことないし、どうしたらいいか…」

千佳はあるきっかけで阿部のことを意識するようになったらしい。
今までもそんな話す関係ではなかったが、自分が好きだと気づいてしまった以上、これまでより話しかけることができなくなってしまった、と言うのだ。


「だったら、名無しが協力してあげればいいじゃない」

「真理子!私阿部と仲良くない!というか、近寄りたくない!」

「親友が困ってるんだから、助けてあげるのがまた親友でしょ?」

「うぅ…」

「名無しちゃん、お願い!」


手を合わせて千佳が言う。
今までは私が助けてもらってきたんだし、今度は私の番か。


「…しょうがない!私が恋のキューピッドになってやるか!!」





「じゃあ、よろしくね!」

「はい!わかりました」


春はいろいろと新しく買ったり、買い換えたりするものがあって今日も監督から追加の注文があった。
それをメモして予算を計算する。
今日も部活終了後、スポーツ店に行くことになるだろう。

初めてマネージャー業に最初は戸惑っていたが、私は日誌や経理など事務の仕事に向いているのか数日経てば大変と思うことなかった。
千代ちゃんみたいにデータを集めたりすることは全然できないけど。



「名無しセンパーイ!スポドリなくなりましたー!」

「はーい!今行きまーす」


むしろ大変だと思うのは力仕事だったりする。
大量のボールが入った籠や何本にも束ねたバット。
結構体力にも筋力にも自信があったのだが、しばらくは筋肉痛に苦しんだ。

去年発足した西浦硬式野球部は一年目とはいえ、その年の公式試合で優勝まではいかなかったが良い功績を修めてきた。
なので今年は去年より多い新入部員が当たり前のように集まった。



「はい、お待ちどう!!」

「あざーっす!」


ドンッ、とベンチの横にある机にスポーツドリンクが入った大きなボトルを二つ置く。
するとワラワラと泥だらけになった部員たちが集まってきた。


「名無し先輩、親父くさいッスよ」

「一言多いのよ、松田」


田島と同じ荒シーから入ってきた松田龍也。
こいつが結構上手い。
田島みたいに野球センスが有り余っていて、まさに田島二世だ。
性格のほうはまだマシなほうだけど。


「あんたはトンボでもかけてなさいよ!」

「今は休憩中ですー」

「っ、もう!のしかかんないでよ!」


ただでも大きい高校男児なのに松田はさらに背が高い。
その図体で背中から圧し掛かられれば、悪い腰がさらに悪くなる。



「ほら、どけ!松田」

「…はーい」


主将の花井登場。
のろのろと松田は離れていった。


助かった!


「ありがと、花井」

「アイツ悪いやつじゃないんだけどな…。なんかお前にはつっかかるんだよなぁ」

「…甘えたい年頃なんじゃない?」

「名無し先輩、聞こえてるし違います!」

「あらっ!ごめんなさいねぇ〜」


このやりとりを周りで聞いていた部員たちはどっと笑い出す。


「今日しのーかは?」

「千代ちゃんはソフトボール部の方よ」

「そっか。アイツも大変だなぁー、カケモチ」


野球部に触発された西浦高校は、今年女子ソフトボール部が作られた。
千代ちゃんは中学の時ソフトボール部に所属していたことから友達に誘われてカケモチすることになった。
なので、週に三日くらい休むようになってしまった。


「おい、名無し」

「っ、はい!?」


急に掛けられた相手に声が上ずってしまった。


「…お前大丈夫か?」

「あぁー…気にしないで」


千佳の話を聞いてから妙に気まずくて、ここ最近近づきたくはなかった。


「なにか用?阿部」

「三橋のことなんだけどよ」


また三橋か。
まっ、二人はバッテリーなんだし当たり前なのかもしれない。


「体重計用意してくれ」

「体重計?」

「あぁ。あいつ、毎日家で量ってくるんだけどたまに忘れてくるんだ。だから今度から部室でも量らせようと思って」

「りょーかい」

「んじゃ」

「…」


なんなの?

してくれ?

してもらえない?とかじゃなくて?

もう決定済み?

しかも「ありがとう」もなし?


どこまで俺様なの!?


千佳もあんなヤツのどこがいいんだ!?
どうせなら花井とか沖とか栄口とか。
栄口と物静かな千佳はお似合いだと思うんだけど。
あの笑い方とか癒される!



「明日も頑張ってくぞー!西浦ーぜっ!!」



今日も花井の掛け声で練習を締めくくった。



「じゃあ、また明日!お疲れー」

女子更衣室で着替えて部室に顔を出す。

「おう、お疲れ!」

「お疲れーっす!」


ドアを開ければ、着替え中でトランクス姿で半裸の部員もいたがもうすでに慣れてしまった。

今日はこれからスポーツ店に行かなければならないので急いで駐輪場に向かう。

監督は夜も遅くなるから誰か連れて行っちゃいなさい、と言うけれど練習でクタクタの奴等をわざわざ遠回りさせるのも気が引ける。
だからいつも一人で行くのだ。

だが、今日は違う。


「…」

「…」

「ねぇ」

「あ?」

「なんでついて来るの?」

「お前こそなんでついて来んだよ」

「私は部の用事よ。あんたは?」

「俺はミットを見に」


また沈黙。


気まずいっ!
早く店に着いてくれー!



「はぁ、はぁ、はぁ…」

「…」


早く着いてくれと思った結果、思いっきり自転車で飛ばすとまだ距離があったらしく結構疲れた。
ちゃっかし私より先に着いて店の前で缶ジュースを飲んで阿部は涼しい顔をしている。


「なん、で…私より速、いのよ…」

「選手とマネージャーの差だろ」

「…そう、ですね!!」


あっさり返された返事にさらに腹が立つ。


「おら、行くぞ」

「は?」

「店、閉まるぞ」


急いで自転車を止めて店内に入る。
閉店十分前で、すでに閉店の音楽が流れていた。
いつもお願いしている店員さんの笠原さんに注文用紙を渡す。



「いつもすみません。閉店ギリギリで…」

「いいんだよ!西浦高校さんは俺、個人的に応援してるし」

「あ、ありがとうございます!」


思わず頭を下げる。
私はサポートすることしかしてないけど、サポートしている人を応援されるとなんだか嬉しくなった。


「頑張ってね、名無しちゃんも」

「なんで名前を?」

「注文用紙に書いてるじゃない!」

「あっ、そっか!」


注文者のところに自分の名前を書いていることを忘れていた。


「今年のチームはどう?もう少しで春季大会だけど」

「今年もすごいですよ〜!去年のメンバーに加えて期待の選手もいますから」

「はははっ!それは見ごたえあるな」

「えぇ、楽しみにしててください!」




「おい」

「あ、阿部。まだいたの?」


時計を見てみるともうすでに閉店の時間は過ぎていて、もうとっくに帰ったものだと思っていた。


「まだいたの?じゃねーよ!さっさと帰るぞ」

「先に帰ればよかったじゃない!なんで怒ってるのよ」

「ごめん、ごめん。俺が悪いんだ。彼女を引き止めちゃったから」

「あんたが悪いんじゃないっスよ」

「なんなのよ!お世話になってるんだからもっと愛想よくできないの!?」

「名無しちゃん落ち着いて…。君、捕手の阿部くんだよね?去年の試合見てたよ。怪我して出れなかったのは残念だったけど…」


阿部って怪我してた時期もあったんだ。
知らなかった。


「残念なんかじゃないっス。スポーツやってれば怪我も付き物ですから」

「ん、確かに!手厳しいなぁ〜」

「す、すみません!こういう性格なもんですから…」

「さっさと行くぞ!」

「ちょ、っと!引っ張らないで!痛っ…」


そのまま店の外まで強く引っ張られた右手は赤くなっていた。


「痛いじゃないのよ!!」

「お前がダラダラしてるのが悪い」


店のシャッターが自動で下ろされ、薄暗くなった店前で口喧嘩が始まってしまった。


「阿部はミット見にきたんでしょ!?だったらさっさと一人で帰ればよかったじゃない!あっ、もしかして一人で帰るのが怖かったとか?」

「違げーよ。お前わかんねーのかよ」

「はぁ?なにを?」

「…はぁー」


阿部は深々とため息をつく。


「ため息尽きたいのはこっちよ!笠原さんにあんな態度して…。西浦を応援してくれてるんだよ!?」

「名無し、俺たちの試合観たことねーだろ」

「う、うん」


マネージャーになってから半年。
前の年はテニス部の試合があって一度も試合を見に行ったことはなかったし、ちょうどオフシーズンだったから生で試合を見たことはなかった。


「それがなによ…」

「観たこともないヤツがうちの野球部語るな」

「、っ!」

「それに『期待の選手』って松田のことだろ」

「……違うの?」

「まだ春だ。これから伸びるヤツもたくさんいるし、松田を超えるヤツもいるかもしれねー。贔屓すんなよ」

「贔屓なんてしてない!!」


そんなことしてるつもりはない。
ただ、自然に上手い選手には目がいってしまうのだ。


「してるつもりなんてないかもしれないけど、初心者のヤツはどいつもそうだ」

「ご、ご忠告ありがとう!!どうせ私は初心者ですよ!!そうですとも」


自転車のロックを勢いよく外す。


「では、さようなら!!」


後ろを振り返ることなく声をかけ、ペダルに足を掛けて走り出した。


悔しかった。
阿部に自分のすべてを見抜かれていたことが。


END

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