榛名/もっと君で満たされたい(眠りにつく前にの続き)

太陽が照りつくコンクリート。


遠くには陽炎が見え、真夏だと感じさせられる。



もっと君で
満たされたい




「あぁー…、うるせぇ」


耳障りな程の騒音に頭が痛くなる。
音だけが原因じゃないかもしれないが。


「やっぱり来てんじゃん、榛名。一緒に行こうって誘ったのに」

「うっせ」


次々に滑走路から飛び出していく飛行機たち。

子供みたいな考えだが、あんな大きな鉄がたくさんの人を乗せて空を飛ぶ仕組みがわからない。
もし野球がなかったら、きっと飛行機のパイロットにでもなっていたかもしれない、とか思ってみたり。


「元気だった?」

「おう」

「噂は常々テレビでうかがってるよ」

秋丸は冗談交じりで言う。

久しぶりに会った親友は、ラフな格好でチェックのシャツにジーンズ姿。
すっかり大学生らしくなった。
ちょっと前まで毎日制服とユニフォームで、滅多に私服を着ている姿を見ることはなかった。

ちょっと前と言っても二年前の話だ。


「まぁ、榛名のことだから心配はしてないけど」

「さすが、幼馴染」


長い付き合いだから、お互いのことはよくわかっている。

榛名には彼が嫌がっても周りに女たちが群がってくる。
それは高校の時もプロになった今も変わらない。

いや、今のほうが昔より激しくなったかもしれない。

外見も良し、野球センスも良しの期待された新人にマスコミや世間が放って置くわけがない。
幾度も雑誌やニュースに取り上げられ、随分脚色され登場した。


「どうして会わなかったんだよ」

「別にそんなんじゃねーよ」

「じゃあ、他に誰かを見送りに来たの?」

「…」


黒いサングラスをかけた榛名の瞳が少し揺らめいたのがわかった。


「名無しは、待ってたと思う。きっと……違うな、絶対待ってた。最後のチャンスに賭けたんだよ」


名無しは榛名に自分が出発する日を伝えていた。

最後の最後に賭けた。

ここに榛名が現れてくれれば、まだ望みがあると思っていた。
しかし、その僅かな希望さえ打ち砕かれたのだ。
それで名無しは吹っ切れたのだろう。



「名無し、笑ってたよ」

「…そうか」


名無しが乗ったと思われる飛行機が白い雲の中に入っていき、目で追うことはできなくなってしまった。


「え、もう行っちゃうの?」

「これから練習だ」

「たまにはメールくらいよこせよ!」

「あぁ」


榛名は振り返らず、軽く手を挙げて人混みにまぎれていった。


「はぁ……どうしてこうも上手くいかないんだろう」


秋丸は愛し合いながらも上手くいかず、すれ違っているばかりの親友二人を心配せずにはいられなかった。




それから、約一年後。
彼は野球界に思わぬ激震を奔らせることになる。



カナダに留学して一年が経とうとしていた。


「Japan?…日本、か。懐かしいな…」

テレビから懐かしい単語が聞こえ、聞き慣れたアナウンサーの声に耳を澄ます。

「……major、league…from Japan」


英語のテロップで流れる文字に理解が遅れた。


「……M.Y…」


「もと、き……はる…な」




A new face comes over in the Major League from Japan.

Surely he will play an active part!

His name is Motoki Hnaruna.




今日は午前中だけ講義があり、名無しとクレアとシャロンは大学のサロンで課題のレポートを書いていた。


「最近どうしたの?具合悪そうよ」

「そう?」

クレアは名無しの額に手をあてる。
少し熱いと思ったが、熱はないようだ。

「シャロンがウザくなった?」

当の本人は、レポートを書いている間さえ握っていた名無しの手をぱっと離す。

「えっ…名無し、そうなの?俺、そんなにしつこかった?」

「そうじゃないよ」

「でも、やっぱり顔色悪いわ!」

「大声出さないで……ク、レア…」

「名無し!?」


名無しは自分の名前を遠退きに聞きながら静かに目を閉じた。





消毒剤の匂いと洗濯仕立てのさわやかな香りがする。


「…っ……ぅ…」

「…名無し?」

「……シャロン」


重たい瞼を開くと辺りは真っ白で囲まれていて、ここが保健室だということがわかった。
体は以上に重く起き上がることが出来ない。
すぐ隣には、眉根を寄せたシャロンがいる。


「大丈夫?うなされてた。今、クレアが飲み物買いにいってる」

「そう…」

シャロンの手が額に当てられる。
ひんやりとしたその手はとても心地が良かった。

「私、どうしたの」

「急に倒れたんだ。びっくりした。ドクターは寝不足と貧血だ、って」


外から差し込む朱色の光が、現在の時刻を知らせていた。


「最近、寝れてないの?」

「えぇ…」

「俺が名無しに手を出したから?」

「それは、ちがうわ」

「じゃあ、何があったの?俺には言えない?」

「…」


シャロンには、言えない。
言える筈がない。

言うとしても何て言えばいい?


前に付き合ってた人がアメリカに来るの。


だが、それは今の私に関係のないこと。
シャロンに話して何になると言うの?




「名無し、何でも話して?」


「何が名無しを苦しめてるの?」



「名無しは俺を信用できない?」



ちがう。
あなたじゃないの。



「シャロン、そんなに質問詰めしたら言いたいことも言えないじゃない」

「…クレア」

「ほら、あんたは行きなさい!部活でしょ!?」

「でも、」

「いいから!私が名無しの家に送っていくわ」

「私は大丈夫だから行って。ね?」

「……わかった。なにかあったら、すぐに連絡して」

「えぇ」






「名無し、一人で大丈夫?なんなら、うちに泊まっても大丈夫なのよ?」

「ううん、一人で考えたいの」

「…わかったわ。なにかあったら連絡するのよ?」

「うん、ありがとう」


クレアは自分の車で名無しを家まで送り、今日は一緒に居ると渋ったが気持ちだけ受け取って名無しはそれを断った。


鍵を開けて部屋に入ると、教科書が入った鞄を机に放り投げ、ミュールも履いたままベッドにダイブする。
昨日干したばかりの布団からはお日様の匂いがほんのりした。


今日はこのまま眠ってしまおう。
あの人が夢に出てこないことを祈りながら。


しかし、それは携帯の着信音によって妨げられた。


「……もしもし」

『名無し?俺だけど。シャロン。寝てた?』

「ちょうど寝ようとしてたところ」

『そっか。今から家に行ってもいい?』

「…今から?今日はもう夜遅いし」


時計を見るとすでに10時をまわっている。


『寝つき悪いだろ?酒買っていくから、飲んだらぐっすりだよ』

「……二日酔いにならないように気をつけなきゃ」

『……それって、名無しの家に行っていいってこと?』

「えぇ、待ってる」

『じゃあ、あとでね!I love you!』


そのまま電話は切れた。
シャロンなりの気遣いなのだろう。
お酒はあまり飲めないほうだが、たまにはこんな日があってもいいかもしれない。
簡単なつまみでも作って待っていよう。

重い体を持ち上げてキッチンへ向かった。




一品目が出来上がった頃、来訪を知らせるベルがなった。
電話が終わってからそう時間が経っていない。
近くのコンビニと行っていたし、電話をかける前にはもう買い物が終わっていて、バイクで来たのかもしれない。


名無しはそう思い、すぐドアを開けた。


「早かったわね、シャロン。上がって」


火をつけっぱなしだったので、名無しはすぐにキッチンへ戻る。


「おつまみ作ってたの。日本のものだからシャロンの口に合うかわからないけど」

シャロンは何も返事をしない。
確かに居るはずなのにおかしい。
いつもなら「名無しー!」と言って抱き着いてくるはずなのに。


「……シャロン?」


名無しは一言も喋らないシャロンを不思議に思い、持っていた包丁を置いて振り返る。
 


「何言ってんのかわかんねーよ」



懐かしい声。



「どうして、ここに……」



聞き間違えたりしない。



「元希」



END

[ 13/15 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -