阿部/これは恋じゃない2


「名無し……阿部となんかあった?」


「……なんで?」


「いや、なんかさ……さっき阿部のとこに行ったら、同じような不機嫌オーラを醸し出してたから…」


チクチクしてて痛い!


なんて栄口が言い出した。


「まったく関係なんてございませんのよ?」


「…へぇー」




これは恋じゃない




「なーんで名無しはそんなにご機嫌ななめなわけ?」

「名無しちゃん、眉間に皺寄りすぎ」

「うぅー…」


千佳にぐりぐりと眉間を伸ばされる。


「んで、原因は?」

「んんー…」

「ううー、んんー、じゃわかんないわよ!」

「だってー」

「言いたいことははっきりと言いなさい!!」


真理子に一喝入れられた。
間延びしない声の時の顔はすごく怒ってる。


「真理子ママー、言っちゃっていいの?」

「どうぞ」

「阿部隆也嫌い」

「えぇ!?」


私の答えにすぐさま反応したのは千佳だった。


「生まれる前から相性は悪かったみたい」

「なに言ってるの?そんなわけないじゃない」


真理子は呆れて難しい本を読み始めた。


「あいつ、絶対私のこと嫌いよ。だから私もあいつが嫌い」

「じゃあ、阿部が名無しのことが好きだったら名無しも阿部のことを好きになるの?……例え話よ」


チラッと不安げな千佳に真理子は目を向ける。


「それは絶対に有り得ない!!」

「だったら違う理由なんじゃないの?千佳、安心しなさい」

「…うん」

「千佳!絶対私、阿部のことなんか好きにならないから。安心して!」



「俺がなんだって?」

「ひぃっ!!」


心臓が口から飛び出すと思った。
例の人が急に後ろに現れたのだ。


「な、なんであんたがここにいるのよ!?」

「業務連絡。今日の部活はミーティングに変更。今日届くはずだった道具が届かないからだってよ」

「どうして?」

「さぁ?お前が良く知ってるんじゃねーの」

「それって、私のミスってこと?」

「知らねぇ」

「そんなはずない!何回も確かめたし…」


大事な練習時間を有効に活用にするために、監督はスケジュールを緻密に組み立てていた。
私はそれを知っていたからこそ、何度も何度も間違いがないように確認して発注したのだ。


「私は間違ってない!」

「…そうとも言い切れねぇだろ!?」

「私は違う!!」

「その自信過剰、直したほうがいいぞ」

「…なんですって?」

「自信過剰だって言ってんだよ!」

「そんなんじゃない!!」



「阿部も名無しも落ち着いて!!」



慌てた栄口の声で、一気に現実に引き戻された。
クラスメイトは吃驚した様子で私と阿部を見ていた。


「あっ、ごめんなさい…」

「悪ぃ…」


「さぁ!お開きよ。授業を始めてもいいかしら?」


古典の先生はとっくに教壇についており、教科書を開いて待ちくたびれていた。

阿部は私からスッと目を反らすと自分のクラスへと戻っていった。



この後の授業は、すべて右から左に流れていく。
まったく頭に入ってこなかった。


最後のチャイムの鐘が鳴ると同時に私は駆け出した。
先生の制止を振り切り、荷物も持たないで駐輪場へ向かい自転車にまたがった。


「あ、の!笠原さん、いますか!?」

「名無しちゃん!?どうしたの!?すごい汗だけど…」


笠原さんはタオルを持って駆け寄ってくる。


「今日納品予定の道具が届いていないんですけど、どうなってるんですか!?」

「まだ届いてないの?ちょっと待って。今確認してくるから」


そう言って笠原さんは奥の部屋へと入っていった。

息切れで酸素が全身に行き渡らない。
設置されているソファに腰を下ろし深呼吸をし落ち着かせる。

しばらくすると、水が入ったコップを持ってきた笠原さんが戻ってきた。


「今確認してきたよ。運んでいたトラックが事故に巻き込まれて、予定の時間に間に合わなかったんだ」

「そう、なんですか。じゃあ、私が発注ミスしたわけじゃないんですよね!?」

「当たり前じゃない。注文する前に何度も確認してたんだし」

「よっ、よかったぁ〜」


安心すると涙腺が緩んで涙が出てきてしまった。
泣く予定なんか全然なかったのに。


「そのぐらいのミスで誰も名無しちゃんを責めたりしないよ」

「っ、違うんです。私にはこれくらいしかできないから、ミスなんてできないんです…」


千代ちゃんみたいにみんなの戦力にはなれないから、これぐらい完璧にできなきゃ。
ただのお荷物になっちゃう。


「名無しちゃん、それは違うよ。君にしかできないことがあるはずだ。名無しちゃんはよく頑張ってるよ。だから、泣いてちゃダメだよ」

「…、…はい」

「よし!いい子だーっ」


そう言ってポンポンと頭を撫でてくれた。
手から伝わる暖かさに涙がとまらない。


「それに心配して来てくれた仲間が居るみたいだし」


笠原さんはほら、と言って自動ドアの方向を指差した。
そこには私同様に息を切らした阿部がいた。


「さっきは、言い過ぎた。俺が悪かっ、た…」

「私も言い過ぎちゃった…。ごめんなさい」

「仲直りは終わった?」

「…はい」

「もう少しでトラックがここに着くと思うから待ってなよ」

「ありがとうございます!笠原さん」


そう言って笠原さんはまた奥へ戻っていった。


「阿部、本当にごめん」

「いいって」

「大事な時間、駄目にしちゃて…」

「もういいって」

「…ごめ、ん」

「俺こそ…」

「…」

「名無し?」


ソファの背もたれに首をダランと預けて静かな寝息をかいていた。


「……寝てやがる」


名無しの少し赤く腫れた瞼を優しく撫でる。



「俺こそ、お前を信じてやれなくてごめんな」



この時の私は、ただ自分に向かってくることを真正面に受け止めることしかできなくて。


先のことなんて考えてもいなかった。


END

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