「いらっしゃいませ」

カランカラン、とドアが開いて客が入店する。その姿は

「あ、この前の」
「…本当に居たんだ」
「こちらの席にどうぞ」

いちばん奥の窓際の席に通してお冷やとおしぼりを置くとコーヒーを頼まれる。注文を受けて待つ間、煙草を吸う彼を遠目で見ていた。

透ける様な白髪
綺麗な指先、切れ長の瞳

少し憂いを帯びた仕草になまえはドキリとした。

(ダメダメ…私にはあの人がいるんだから)

頭の中の靄を消し飛ばして淹れたてのコーヒーをにこやかに運ぶと「お待たせしました」と頭を下げる。

「これ、お代はいらないですから」
「…まだ覚えてたんだ。その約束」
「あの、今更ですけど、お名前…教えて頂けませんか」
「ああ、言ってなかったっけ」

赤木しげる

「アカギ、さん」

名前を呟くと何だか不思議な気持ちになった。また会いたいな、とこの時は軽く考えていた。そんな自分を今はとても後悔している。

***

それから程無くしてまた店にやってきたアカギは少し疲れた様子で小さな溜め息をついて煙草を吹かしていた。

「何かあったんですか?随分お疲れの様子ですけど」
「…ああ。まあ、ね」

口数が少ないのは性格なのだろうか。多くを語らない彼の事が気になって尋ねてみた。

「昨日徹夜で」
「お仕事お忙しいんですね」
「仕事?ククク…そうだな、仕事か」
「私、変な事言いました?」
「いや別に。我ながら良い仕事してるな、って」
「ふふ、頑張って下さいね」

失礼しました、と厨房に戻ると『もうすぐ上がりの時間だから少し早いけどいいよ』と店長に言われて帰りの支度を終えて帰路に着いた。

「ただいま」

手狭なアパートの角部屋に住んでいるなまえは薄暗い室内に寝転がる姿へと声を掛けた。

「まだ寝てるの?」
「今さっき起きた…昨日徹夜で麻雀やってて」
「もう!また麻雀?こないだの夜、お金渡しに行った帰りに怖い目に遭ったんだよ。助けてもらったから良かったけど」
「あん時は助かったぜ、なまえ、ありがとな」

悪びれる様子も無く、ぎゅっと抱き締める男はその日暮らしのろくでなし。なまえは二人の生活費を稼ぐ為に喫茶店で齷齪働いていたのだ。

「昨日もまた素寒貧でさあ…めちゃくちゃ強ぇヤツがいてよお」
「だからやめなって言ってるのに」
「あの野郎…次は負けねえ」

ふう、と溜め息をついて夕飯の支度をする。きっとまた明後日のお給料が入れば"貸して"と言って雀荘に行くに違いない。

(どうしようもない人だけど、憎めないんだよね)

「たまには勝って良いとこ見せてよ」
「おう。じゃあ今度一緒に来るか」

それから数日後
連れ出された雀荘で出逢ったのは

「アカギ、さん」
「…なまえ」

薄笑いを浮かべた彼が、驚きを隠せない私に向かって名を呼ぶ。

まだ夜は始まったばかりだ

招かれざる客

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