なんでかな、こんなにも愛おしい感情は



「お腹、痛い」

妻のなまえが大きな腹を抱えて蹲ったのは夕飯を終えて暫く経った後。

「なまえ、大丈夫?」
「いたた…病院、行かないと…ッ」
「じゃあ荷物取って来る」

アカギにしては珍しく少し慌てた様子で用意してあった入院バッグを手に取ると急いでタクシーを呼んだ。

「う〜っ、痛い、いた…ッ」

病院に着いて診察の結果、陣痛の間隔も徐々に狭まっていて順調に進んでいるとの事。このままいけば明け方までには生まれそうだ。

「男の子かな、女の子かな」
「元気に生まれてくれればどっちでもいいよ」
「しげるさんに似た男の子がいいな」
「なまえに似た女の子かもね」

うっすらと汗ばむ額をハンカチで撫でて彼女の手を握る。痛みが迫る度に顔を顰めて大きく息を吐きながらいきみたくなるのを必死に我慢している姿を目の当たりにしていても、男の自分には何もしてやれないのが歯痒かった。

***

「廊下でお待ち下さい」

分娩室の外に出されて廊下の長椅子に座る。薄暗い病院の夜間灯がぼんやりと光を放ち、静まり返った院内に続く。

それから暫くして

おぎゃあ、おぎゃあ
と扉の中から聞こえる元気な泣き声。

「赤木さん、おめでとうございます」

看護婦がにこやかに呼びに来て中に入れと促す。足を踏み入れるのを少し躊躇ったが、元気な男の子ですよ、と言われおくるみに包まれた赤ん坊を渡された。

「…小さいな」
「ふふふ。赤ちゃんなんだから当たり前でしょ」
「こいつ、髪が」

ふわりと伸びた柔らかな白い髪。それはアカギと同じ、白銀の輝き。

「俺に似てる」
「お父さん似で良かった」

小さな手のひらを指でつついたらギュッと握り返すその力強さに驚く。と同時に不思議な感情が胸いっぱいに込み上げてきて、その後の言葉に詰まってしまう。

「なまえ、ありがとう」

何の飾り気も無い感謝の言葉を紡ぐ。それでも

「しげるさん、これからも宜しくね」

嬉しそうに頷く彼女と共に、この腕の中に抱えた小さな命を育んでいく事を誓った。




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