冷たくすればするほど
煙草の煙と酒の香り、薄暗い照明と女達の笑い声。美しく着飾ったホステスの目映いばかりの派手やかな姿に気後れしてしまう。
「あ、あの、しげるさん…私、やっぱり帰ります」
「一度来てみたいって言ったのなまえでしょ」
「そうです、けど…何だか落ち着かなくて」
「気にするなよ」
馴染みの店に着いて行きたいと言われて「いいよ」と気軽に連れて来たものの、やはりなまえにはこの雰囲気が合わなかったようだ。
「あら、アカギさん。今日は彼女と一緒?」
「やだ〜!可愛いお嬢さんね。妬けちゃう」
「初めまして、あの…」
「ねぇ、いつものでいい?」
アカギを挟み反対側に座る女とテーブルの正面に座る女。隣の女が慣れた手つきで水割りを作ると、アカギの前にどうぞと置かれたグラスを黙って手に取る。
「最近来てくれないから寂しかったのよ」
「…フフ、忙しくてさ」
「すごく会いたかった」
腕を絡めて言い寄る女の瞳は熱に浮かされたように潤んで、恋い焦がれた眼差しでアカギを見つめる。
「今度ご飯食べに行きましょ」
「……気が向いたらね」
「いつもそう言ってはぐらかすじゃない」
煙草を銜えるアカギの前へライターを差し出して手際よく火を点けた女のしなやかな指先がなまえの瞳に映る。
綺麗だな、と思った。同時に自分は何と凡庸なのだろうかと情けなくなって、今すぐにでもこの場から立ち去りたい気持ちでいっぱいになった。だから、トイレに行くふりをしてそっと店を出て行こうとしたけれど
「どこに行くんだよ」
「しげるさん…」
逃げられずにずっと隣でアカギとホステス達のやり取りを黙って聞いていたなまえだったが心の中は嫉妬の嵐が吹き荒れていた。
***
帰宅した二人は静まり返った部屋で何も言わずに座っている。暫しの沈黙の後、話を切り出したのはアカギ。
「ねえ、なまえ。何でずっと黙ってんの」
「……何でもない」
「フフ、妬いてるんだ?」
「違いますっ」
「ふーん…分かった。じゃあ、あの女と付き合う事にする。なまえとは別れるから」
「……っ、そんな」
アカギが冷たく言い放つとみるみるうちに瞳から涙が溢れてきて、ぽろぽろと零れる滴が頬を伝って流れ落ちた。
「や、嫌、別れたくない!お願い、好きなの…しげるさんが好き…なの」
だから、私を捨てないで
涙でぐしゃぐしゃになった顔は鼻先を赤く染め、髪を乱して必死に縋り付いてくる。行かないで、捨てないで、と懸命にアカギを求めるその姿に抑えていた加虐心を煽られて背筋がゾクリと震えた。
(可愛い)
その顔が、その声が、なまえの全部が可愛くて。だからつい意地悪をしたくなる。
「なまえ、俺の事、そんなに好きなの」
「ん…好き、大好き」
アカギの胸に顔をうずめてぎゅっと抱き着くなまえが愛しくて今夜は手加減出来そうに無いなと笑った。
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