君が泣くなら慰めてあげる
君にあげる5
***
前回アカギの浮気疑惑からやっと機嫌が直ったなまえの元に一通の手紙が送られてきた。
「…誰だろう」
自分宛ての手紙には【新年会】の日時と場所、それから綺麗な文字で"阿久津"と綴られていた。
「ねえ、阿久津さんて知ってる?」
「阿久津?ああ…こないだ代打ちした所の組長が確か阿久津だったっけ」
お前が鍵渡されて怒ったヤツだよ
「新年会のお誘いみたいですけど。例の御嬢様からあ な た にね。私も一緒にって…どうするの?」
「めんどくさい」
「…言うと思った。じゃあ断りの電話入れるね」
書かれている電話番号に連絡すると電話番の男からちょっとお待ち下さいと言われ、少しの間の後、女の声が聞こえた。
『もしもし、アカギさんに代わってくれる?』
「あの…今ちょっと手が離せなくて、私が断るようにって頼まれたので申し訳ありませんが欠席します」
『嫌よ。来ないなら直接連絡して』
「………わかりました。しげる、代わって」
くわえ煙草で受話器を耳に当てるアカギの隣でなまえは漏れる声を拾う。
「俺は行かないって断っただろ」
『いいじゃない、これからウチの組と長い付き合いになるかも知れないし。顔だけ出して…ね?』
「これ以上しつこくするなら二度とアンタの組の代打ちはしない」
『そんな事言っていいの?可愛い彼女…』
途切れ途切れの声は最後の方は良く聞こえなかったけれど、急に真剣な顔をして暫く黙った後「わかった」とひと言伝えて受話器を置いた。
「断ったんだよね」
「…いや、顔だけ出して帰る」
「えっ、何で?」
「なまえも来いよ」
「…わかった…」
何だか機嫌が悪いようで元々少ない口数がますます無口になったアカギの逆鱗に触れないように素直に従う事にした。
***
「ふぁあ…立派なお屋敷ですこと」
黒塗りの高級車が何台も連なって列を成すその光景は圧巻としか言い様が無い。広い庭を過ぎて屋敷近くになると出迎えで待つ姿を確認した。向こうもこちらに気づいたらしく、とても嬉しそうに息を弾ませて走って来る。
「アカギさん、いらっしゃい」
にっこりと微笑む彼女はやっぱり綺麗だなとなまえは思う。でも同じ女だからわかる。この人はしげるが好きなんだ。だから私が嫌いだって事も。
「まずは父に挨拶しに行きましょ」
「……………」
アカギは何故か彼女の言いなりで腕を組まれても拒否もせず黙ったまま連れて行かれてしまった。急いで後ろからついて行くなまえにはお構いなしに長い廊下を肩を並べて歩く二人。とてもお似合いだと思った。まさに美男美女じゃない、と。
(私なんてどうせ可愛くもないし御嬢様でもないし)
一緒に来なきゃ良かった…
虚しくなったなまえは黙って帰る事にした。一緒に居たら自分がどんどん嫌な女になりそうで怖かったから。
***
「なまえ!」
帰り道、遠くから呼び止めたアカギの声が聞こえて振り返ると息を切らして走って来る。
「何で黙って帰ったんだよ」
「…だって私、邪魔でしょ」
「あのさ、何で俺が行きたくもないのにわざわざ顔を出したと思ってんの」
「知らないよそんな事!いいじゃない、彼女とお幸せに、」
言い終わらないうちに抱き締められてアカギの胸に顔をうずめるなまえは目を閉じてその温もりを確かめていた。
(もしかしたら、これが最後になるのかな…)
今までの想い出が溢れて涙が止まらなくなったなまえは小さな嗚咽を繰り返す。震える肩を抱き締めるアカギの手のひらがゆっくりと優しく頭を撫でた。そしておでこへ…
「いだっ」
デコピンを喰らったなまえは赤くなった額を押さえて「何するの!?」と泣きながら訴えた。その姿が可笑しかったのかくつくつと笑いながらごめん、と謝るアカギは一頻り笑った後小さな溜め息を吐いてこの経緯を説明したのだった。
「あの女、彼女がどうなってもいいのかって脅迫してきやがった。ククク…いい度胸してるよな」
「それで嫌々顔を出しに行ったの?」
「まあ…そういう事。それ位で済むなら、って。なまえを危ない目に合わせたくないから」
「…っ、本当に、バカみたい!」
私の為に…嫌な思いまでしてくれたんだ
「ありがとう。ごめんね、大好き」
止まらない涙と溢れる想いになまえの胸が温かくなる。何も言わずに抱き締めたまま頭を撫でるアカギの優しさがとても嬉しかった。
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