もうあなたしか思い出せない



「写真を一枚撮ってくれるか」
「写真、ですか?いいですよ。今ちょうどインスタントカメラ持ってますから」

珍しいな、と思ったけれどその時の私は素敵な赤木さんを撮る事に夢中で。

「赤木さーん、こっちに目線下さい」
「笑った顔も良いですね」
「あ、そう、その横顔、ストップ」
「流し目お願いしまーす」

気分はまるでカメラマン

「おい、なまえ、もういいんじゃねぇか」
「あっ!ごめんなさい、つい夢中で…」

フフ、と少し呆れたような笑顔で煙草の煙を燻らす赤木さんも素敵だなあ、と思った。

「じゃあ後で現像してきますね」
「ああ。頼む」

***

それからすぐに写真を持って行くと、暫く黙って眺めてから「これがいい」と数ある写真のうち一枚を選んだ。

「それ、自然な表情がとても素敵ですよね」
「俺が良い男だって事だ」
「私の腕が良いんですって」

残りの写真はどうします?と聞いたら「いらないから捨ててくれ」と手渡された。勿論捨てる気なんか無かった私は預かって置きますから欲しくなったらいつでも言って下さいね、と鞄にしまった。


「あの写真、これに使ったんだ…」

告別式に駆けつけた私は赤木さんの遺影に見覚えがあった。あれは私が撮った写真だ。

「良い顔してるよな。あの写真」
「あれは私が撮ったんです」
「じゃあ、あんたがなまえさんか?」
「…はい。みょうじなまえです」

お寺の住職さんは金光さんと言って、赤木さんとは昔からの親友だと教えてくれた。

「なまえさんの事は良く聞いたよ。可愛らしい娘ができたって嬉しそうに話してたなあ」
「…娘、ですか」

そうだよね。だって親子程も歳が違うし、私なんて…

「女の話なんかした事無いヤツがよ、聞いてもねえのにさ。だから俺は冗談で言ったんだよ。老いらくの恋か?って。そしたら」

そうかもな
と笑っていたんだ。

「私、愛していたんです。赤木さんを」


最期のお別れには呼ばれなかった。でも、それで良かったかも知れない。だって会ったら

「…赤木さん」

帰り道、ずっと考えていた。どうして言ってくれなかったのだろう。病気の事、自ら命を絶つと決意した事、最期のお別れの事。

重たい喪服を脱いで着替えると静かな部屋に佇む。そうだ、渡しそびれた写真…

「ふふ、良い顔してるなあ」

煙草をくわえてる姿
少し憂いを帯びた顔
ちょっと格好つけた横顔

いつまで撮るんだと少し呆れた表情が思い出されて自然と笑顔になった。どれも彼らしくて好きだけど、いちばんはあの笑顔。笑った顔がいちばん大好き。

「赤木さん、会いたいよ」

部屋に散らばった写真と想い出が私の心を揺さぶる。もう二度と会えないんだと思うと今更泣いたってしょうがないのに、涙が溢れて止まらないの。




prev next