あなたの不器用さは愛しい



新聞やテレビのワイドショーを騒がせた殺人事件。濡れ衣を着せられた中学生の少年は自身の潔白を証明する為に命を懸けて戦い、"今"を手に入れた。

「なまえさん、これ、うまい」

テーブルに並んだ料理をもぐもぐと食べる少年は言葉は少ないが嬉しそうに箸を進める。

「ありがと!涯くんにそう言ってもらうと安心する」

にこにこと笑う彼女はみょうじなまえと言い、涯が居る施設で働く職員の娘。たまたま用事があって施設に訪れた際に出逢った二人はそれからなんの気なしに仲良くなり、なまえのマンションに遊びに来るようになった少年に"試作品"だとか"作り過ぎた"とか理由をつけて手料理を食べてもらうのが日課になっていた。

「まさかまた施設飛び出したりなんかしてないよね」
「…してない」
「あのね、まだ中学生なんだから、甘えてもいいんだよ?そのうち嫌でも自立しなきゃいけなくなるんだし…なんでもかんでも独りで解決しないで、ね」
「わかってる」

なまえはこの不器用で真っ直ぐな少年が好きだった。『孤立したい』と他人と距離を置く彼の気持ちを汲み取りながら、少しでも穏やかに過ごせる様に何か自分に出来る事は無いだろうか…

お節介だというのは重々承知して

「あまり遅くなると心配するから、ね」
「帰りたくない」
「…どうしたの。何かあった?」
「なまえさん、今度お見合いするんだろ」
「え、あ、うん…お母さんに聞いたの?」
「その為に料理も練習してたって訳だ」
「いや、それは違うよ。涯くんが喜んでくれたらって思って…」

テーブルから落ちたカップがガチャリと音を立てて割れて床に散らばる。刹那、組み敷かれた身体は強い力で押さえられて身動きが取れなくなっていた。

「や、涯くんやめて」
「やめない。俺の事…ガキだと思って油断してただろ?」

苦しそうな表情で吐き出した言葉が胸に刺さる。

「なまえさんが…好き、なんだ」
「こんな気持ち初めてでどうしたらいいか…わからない」

行き場の無い想いが溢れて、止めどなくなまえに降り注ぐ。母親の温もりに縋り付く子供の様に胸へと顔を埋める仕草が堪らなく可愛くて、女の奥底にある母性愛ともいうべき何かを掻き立てられた気がした。

「ありがとう。私も涯くんが好き」
「…本当に?じゃあ、お見合い…断るって約束して欲しい」
「お見合い…あ、まさか」

やきもち妬いたの?

「ふふ、可愛いとこあるんだね」
「っ!すぐそうやって子供扱いする…」
「だってまだ子供でしょ」

くすくすと笑うなまえはまだ組み敷かれたまま、徐に顔を近づけると触れるだけのキスをした。

「…っ!あ、」
「ふふふ、ほらね?この位で驚いてちゃ"お子ちゃま"だよ」

大人をからかうなんてまだ早い

ビックリして飛び退いた涯の顔がほんの少し赤く染まる。余裕を見せるなまえだったがその顔もまた赤く色づいていた。

「…なまえさん、照れてんのか」
「うん。ちょっとだけ…あの、キスしてごめん」
「いや、いい。それは…嬉しかったし…」
「あとね、お見合いもね、実は最初から断るつもりでいたの。お母さんは乗り気だったけど」

だから

「気にしないで大丈夫だよ。また遊びに来てね」
「…うん」
「そろそろ帰ろっか?あまり遅くなると心配されちゃう」
「…うん」

鞄を持って玄関に向かう涯を送り出そうと後ろをついてくるなまえに何か言いたそうに振り返って、暫しの沈黙…

「どうしたの」
「なまえさん、あの、また…来るから」
「わかった。待ってるね」

にこりと笑って手を振るなまえは涯の姿が見えなくなるまで見送っていた。




prev next