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21
無事古典の課題も提出できた。夕飯を奢ってくれただけではなく、発表のメインも伊月君がやってくれた。いや、それに関しては私は代われそうにないけれども…。感謝しかない。
先生からの評価も上々だった。授業後に伊月君は、あの高評価は私の下調べのお陰だと言ってくれたけれど、絶対あれは彼のプレゼンが上手かったからだと思う。彼のお陰だからという言葉はうまく伊月君に伝わらなかったけれど、前よりは彼とスムーズに会話ができるようになった。課題を進める過程で、メッセンジャーアプリで連絡を取ったり、直接言葉を交わしたり。そうするうちに、少しだけど、人見知りせずにしゃべったり、連絡できるようになった。伊月君限定、ではあるけれど。

そうして、気付けばあれだけ途方に暮れていたグループ課題も済んで、毎日伊月君たちとお昼を食べるようになって、しばらく。
バスケ部の人たちとは、伊月君についで、会話が成り立つようになった。まあこれに関しては、ひとえに伊月君のフォローと、伊月君同様バスケ部の人たちの行動から言葉を読み取る能力が高いおかげだと思う。特に小金井君。対水戸部君同様、私とも、ほぼ視線だけで会話が成り立つようになった。小金井君本当すごい。

水戸部君も、けっこう私の考えを読み取るのが上手い人、だと思う。あいにくと私は彼の言いたいこと、半分もわからないんだけれども。

日向君や相田さん、土田君とは、まだ少しコミュニケーションが難しい。それはもちろん私の側の問題であって、彼女たちが私の言動を読み解くべく理解してくれようとしているのは、十二分に感じている。ただそれでも、上手く行かなくて逃げたくなるときがときどきあるのだ。
相田さんと日向君は、笑顔が怖くて逃げることを許してくれないんだけれど。だけど、昼休み後のバスケの話についていけるようになった時には、伊月君に次いで褒めてくれた。特にスパルタなイメージが強かった相田さんが「へえ、やるじゃない千恵」と言ってくれたときは、女友達ができたことに心底伊月君に感謝したものだ。

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「おはよう、涼宮さん」
「うん……おは、よう」

前の席の子とあいさつを交わす。ああ、これぞ高校生活…!
クラスでも、周囲の何人かとちょっとの会話や、挨拶が出来るようになった。これだってもう、ただひたすら伊月君のお陰である。本当神。ゴッド伊月君だ。彼の行ったフォローと思わせないような、絶妙な他己紹介によって、私とクラスメイトの間にあった壁が、薄くなった。おかげですっかり担任に忘れられていた委員会だって無事入ることが出来たし、文化祭にむけたクラスの出し物の手伝いにも、なんとか混ざれるようになった。

本当に何から何まで伊月君様々で、一時でも滅べイケメンと思ったことが非常に申し訳なく思えてくる。
そして、そんなハイスペックイケメンな伊月君について屋上に向かう私は、きっと近いうちに彼のファンに刺される気がしてならない。ありがたいことに今日はまだ、刺される日ではないらしいのが救いだ。無事彼に続いて屋上へと続く階段を抜けた私は、一息ついた。

秋晴れの空の下、伊月君の黒髪がさらりと風になびく。ああ、本当、かっこいい、なあ。
直視できないぐらいだ。

心の中で拝みながら、円形になって腰を下ろすバスケ部の面々に、伊月君に続いて、私も加わる。私の方を微妙な顔をしてみていた小金井君には、気付かないふりをした。

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だから、浮かれていて。真剣な表情で私を呼んだ伊月君が口にしたことを、私はすぐに理解できなかった。

「涼宮。いつ、バスケ部入るの?」
「へ?」
「あ、それ私も聞こうと思ってたのよ千恵」

一緒にお昼を何回か食べた後、唐突に「私のことはリコでいいのよ、私も名前で呼ぶわ」と言われた記念すべき女友達第一号の相田さんも、伊月君に便乗するかのように私に詰め寄る。なお私に名前呼びのハードルはエベレストよりも高いので保留中だ。
期せずして初めて彼女たちと一緒に昼食を食べた時と同じように、相田さんと伊月君に左右から挟まれて、私は目を白黒させるしかなかった。

「伊月君に見せてもらったのよ。古典の課題。あれもそうだけれど、他の課題や科目のノートも、すごいんだって?」

そういえば、というようにこちらを見る複数の顔。え、バスケ部?
皆、私の答えを待っているかのように、こちらを伺っている。

そういえば、ここに来た初日にそんなこと言われたような気もする、けれど。
これ以上、こんな沢山の視線に耐えられない!

「うわっ」
「っぶないなー」

逃げるべく立ち上がろうとした私の腕を、まさか伊月君に掴まれてしまった。そのままバランスを崩した私を、伊月君が空いている方の手で支えてくれて、なんとか地面に顔面ダイブは免れた。ついでに立ち上がった拍子に地面とこんにちわしそうだったサンドイッチを、相田さんが片手で器用にキャッチ。
皆さん、器用すぎやしませんか。ああでも伊月君のパン、地面に落ちてるじゃん。謝らなきゃ。
そう思って、伊月君の顔を見て、ハタと気づく。
いやでもちょっと待って今の体制まるで私が―――

「涼宮って意外と積極的だな」

いつぞや見たような、爽やかさのかけらもない、そう、にやり、というような顔を伊月君がするものだから。

「あ、涼宮!」

今度こそ私はダッシュで逃げ出した。今の無し!無し!
バランスを崩した私は、あろうことか、彼を半分押し倒すようにして乗りかかっていて。そして、彼の膝が、私のスカートの中…!ああーもう無理だ!思い出すのも無理ー!

しばらく、バスケ部の面々はもちろん、伊月君にもどんな顔をすれば良いのかわからず、逃げ回ることになった。当然、ぼっちめしに逆戻り。の、筈だった。


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