long | ナノ
22
まるで伊月君を押し倒すようなことを、それも白昼屋上、知っている他の人がいる前で、故意ではないとはいえしてしまって。ああ、もし人間が恥ずかしさで死ねるなら、こんな時なんだ。
だから、耐えれなくて逃げ出した。
ああ、高校生らしい生活もここまでかな、またぼっちに逆戻りかなーーーえ。
ぐっと私の手首をつかむ、角ばった指。

「···なんっでっ····はぁっ」
「そりゃ涼宮さんが逃げるから。――ハイ、ストップ」

屋上の入り口を抜け、2つ下の階で、また、伊月君に捕まった。しっかりと後ろ手につかまれた右手にしょうがないと息を吐いて、彼に向き直る。本当は今すぐ逃げ出したい、けど。今までのことからさすがにもう無理だろうと学習している。
なんか最近このパターン多い気がする。逃げようとする度に、伊月君に手首をつかまれるっていう。逃げ足だけは早かった気がするんだけど私。さっきやってしまったことがまだ頭に張り付いている。なんて顔して伊月君を見ればいいか、わからないのに。

「さっきは悪乗りしてごめんね」
「わす、れて」
「ついてきて」

伊月君は何も気にしていないようだった。少しだけ、苦しそうな表情をしているけれど、それだけ
連れられるまま、急いで下りてきた階段を再び上る。そのまま着いていけば、階段の裏手に誘導された。そのスペースの半分ほどが影になっていた。丁度階段が作る影に立った伊月君が振り返る。濡れ羽色の髪が、影になじんでいくように見えた。
くるりと振り返った彼はいったん私の手首から手を離すと、今度は両手で、それぞれ私の手を握った。私よりも身長の高い彼につられ、自然と上を向く。手を繋いだ先。わずか1mの距離にある優し気な鈍色は、影の中でもはっきりと見えた。

「逃げるのはしょうがないとして、バスケ部のこと、考えてくれた?」
「···」
「嫌?」
「···じゃなくて、」

じっと見つめてくる彼に、どんな言葉なら伝わるだろうか。目線を下にそらして考える。
誘ってくれたのは嬉しかった、けれど。
バスケ部のマネージャー、なんて私に出来るのだろうか。いや、無理だ。荷が重い。重すぎる。

マネージャーは人とのコミュニケーションが必要不可欠なはずだ。それなのに、この学校で一番慣れているであろう伊月君との会話すらこの状態の私に、出来るのかなんて。結果は火を見るより、明らかなはずだ。
ぎゅっと、私の手を握る彼にの手に力が込められて、再び彼を見上げる。今、絶対渋い顔をしている自信がある。それなのに、なんで伊月君は笑っているのだろう。嬉しそうに、優しそうに。

「何考えてたか、当てようか」
「···え?」
「人見知りのこと、気にしてただろ?」

「当たった?」と笑う彼に私は息を飲む。どうして、彼は毎度毎度、私の考えがわかるのだろう。照明の当たる場所に立っているのは私で、つないだ手の先、伊月君は、彼の手首から先は、蛍光灯が届かない影の中にいるのに。なぜ彼の笑顔はこんなにもまぶしく感じるのだろう。

「何かをするときに必要な情報や物事を洗い出す。その障害も、対策も。そして優先順位を付ける。そういう能力が今うちの部で必要なんだ」
「急に、言われたって」
「だれでもできることじゃない。正直カントク一人だとそこまで手が回っていない」
「だけど…!」
「人間一人でできることって、限界があるだろ。なあ、お願いだよ、涼宮さん」

きっと、相田さんが監督業もマネージャー業も全てをやっている。選手の体調管理から、練習メニューや、試合組まで。私の想像も及ばないようなことを、連日山のように。
それを、私が? 無理だ。例えその一旦だとしても、そんなの。絶対に足を引っ張る。一生懸命やっている人たちを、こんなふらふらした私が支えられるわけがない。よしんば、伊月君の言うほどの価値が私にあったとしても。

「できるだろ、涼宮さんなら。本当はいつだってすぐ逃げたいのに、俺にちゃんと気持ちを伝えてくれた。今だって、こうして聞いてくれている」
「買いかぶりすぎ、だよ」
「何も最初から完璧じゃなくたっていい。ただ、支えてほしいんだよ。日本一を目指す、俺たちのチームを」

そんな風に言われたって、余計に委縮するだけだ。彼に繋がれた自分の手を見つめる。私よりも大きな手。その中に彼はきっと数えきれないほどのものを抱えて、守っているはずだ。

いつも、いままでは私の気持ちを、まるでテレパシーかの如く読み取ってくれていたのに、どうして今の伊月君は分かってくれないのだろう。なんで、私にそんなことが出来るって思うの。こんな、何もない私に。
はあと息を吐く音が聞こえた。一向に頷こうとしない私に、しびれを切らしたのだろうか。無理な要求はしないで欲しい。だけど、一人にもしないで欲しい。わがままな、まるで欲の塊みたいな私の願望。

「涼宮さんと出会ってから1カ月半経つね」
「···うん」
「今まで一度でも、俺が涼宮さんに対して、無理な後押しをしたことあった?」

かぶりを振る。会話の行き先がわからない。

「実現不可能なことを言ったことは?」
「…ない」
「じゃあ、俺が嘘をついたことは?」
「···無かった。一度だって」
「なら、それでいいだろ。俺を信じて頷いてよ。―――上手くいかなかったら、俺のせいってことにすればいい」

まるで、私の考えを読んだかのような。あまりにも私に都合がよく、伊月君になんのメリットもないような彼の主張に、返す言葉が見つからない。魅惑的な提案だった。全てを放り出して縋り付きたくなるような。
繋がれたままの左手が伊月君の方に引っ張られる。つられて、前に一歩、二歩と踏み出せば、ぐっと伊月君との距離が近くなって、私も階段の陰に足を踏み入れた。そのまま私の左手が、伊月君の右手ごと彼の頬に添えられる。
「俺を見て」という言葉に従って、伺うように彼を見上げた。相変わらず彼の上半身は階段の陰になって暗いまま。彼の烏の濡れ羽色の髪も、学ランも陰に溶け込んでいるのに、彼の優し気に細められた瞳だけははっきりと見えるのはどうしてだろう。

「上手くいかなくたって、涼宮さんのせいじゃない。そのときは、誘った俺を、···責めればいいから」



main

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -