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20
「課題の大半をやってもらう形になっちゃったこと、申し訳ないと思っているし、感謝もしてる」

そう言った伊月君の言葉は、疑っていたわけでは無いけれど、偽りでもなんでもなかった。図書館で合流したあと、課題に取り組んでいる間の彼の集中力はすさまじかった。当初考えていた時間よりも早く終わり、図書館の閉館時間より早く、あっさりと課題は片付いた。
そして気付けばそのままなぜか、彼に連れられて近くのマジバーガーのボックス席に座っていた。いや、なんで。

「俺先に買ってくるから、涼宮さん席取っといて。あと荷物見といて欲しい」
「あ、…うん」

いってらっしゃい。心の中でそう呟いて、カウンターに向かう伊月君の背を見送った。転校する前は清志くんとこういった場所にくることもあったなあと思い出す。
つられて思い出す内容はどう頑張っても気分が悪くなるものばかりで、なんとか切り替えようと視線を巡らした。

卓上のポップを見ると、どうやら今は満月バーガーが限定販売されているらしい。それと白玉入りのお月見シェイク…?あんみつみたいな感じかな、美味しそう。
机に張り付けてあるシール型のメニューには不動の人気を誇るチーズバーガーの写真が写っている。それらのメニューを見て時間をつぶしているうちに、伊月君がトレーを持って戻ってきた。それも二つも。色々のっているようである。流石現役運動部所属の男子高校生、食欲がすごい。

「荷物見ててくれてありがとう。なんか美味しそうなものあった?」
「ん…これとか、これ、見てた」
「今期間限定のやつね。俺もそれ気になってたんだよ」

「じゃあこれ、はいどうぞ」という言葉と共に私の前に置かれたトレーを見て、伊月君を見上げた。どういうことだろう、これ。

「お礼、古典の。実際俺なんもしてないに等しいから」

思ってもいなかった言葉に、目を瞬かせた。ついで、首を横に振る。彼がそんなこと気にする必要は無い。

「冷めちゃうから、早く食べよう」
「でも」
「そっちのが満月バーガー。俺のがトリプルチーズバーガー。どっちにしようか迷っちゃってさ。あれ、こっちのが良かった?」
「じゃなくて」
「迷うよなー。定番のやつと期間限定の味。…はっアジの味が味わい深い!キタコレ!」

一向に聞くいてくれる様子の無い伊月君は、ぺらりぺらりとバーガーの包み紙を向いている。一緒に課題をやって、その後一緒にご飯とか、そういう学生生活らしいこと、できただけでもうれしいのに。せめて自分の食べる分ぐらいだそうと思って鞄から財布を取り出す。すると、財布を開こうとした私の手を、伊月君がそっと抑えた。

「これで涼宮さんにお金出させるとか、そんなダサいこと俺にさせないで」
「…だけど」
「俺のこと思ってくれるなら、冷める前にいっしょにこれを食べて欲しいな。で、満月バーガーの感想聞かせてほしい」

左手に持ったままのトリプルチーズバーガーを軽く持ち上げて、「な」と首をかしげる伊月君に渋々財布を鞄にしまった。こんな風に言われたら、言う通りにするしかないじゃないか。
彼にならってバーガーの包み紙を開く私に、満足そうに伊月君はほほ笑んだ。ひと口、バーガーの端をかじる。包み紙越しに、反対側から具が押し出された。
よくある、ファーストフードの店の味。マジバだっていままで何度か来たことがある。初めて来たわけでも、初めて食べたバーガーでもない筈なのに。

「…おい、しい」
「だろー?やっぱ期間限定っていいよなー。トリプルチーズも美味し…か…った!」

珍しく噛んだ伊月君が心配になったけれど、大丈夫と言われてしまったのでそれ以上聞くのはやめた。
いつの間にハンバーガーを食べ終わったのか、伊月君はバーガーの包み紙を簡単にたたむんでトレーの端に置いた。そのまま両手に一つづつジュースを持って、「ブドウとアイスコーヒー、どっち?」と首を傾げる。
さっきは彼はああ言ってくれたけれど、本当に、良いのだろうか。こんなもてなしのような、いたれりつくせりな対応をしてもらって。

「待って、当てさせて。ブドウだろ?」
「…う」
「え、まさかコーヒー?」
「…飲めない、です」
「やっぱブドウだったか。良かった、俺コーヒー好きなんだよ」

コーヒーはブラックでは飲めないし、ブドウジュースは好き、と何とか返した。
伊月君は嬉しそうに笑うと、私の側にあるトレーに右手のブドウジュースを置いた。次いで左手に持っていたアイスコーヒーを右手に持ち替えて、ストローを挿して咥える。改めて、かっこいいと思った。
ファーストフード店で紙コップからコーヒーを飲む姿がこんなに様になるのは、世界広しと言えど、伊月君をのぞいてそんなにいないだろう。そうしてそんなカッコいい伊月君の向かいで私は食事をしているなんて、よくよく考えたら、ありえないぐらい凄いことのような気がしてきた。
こんなカッコいい人の近くにこれだけの時間居たら、ファンの人に刺されそう。恐ろしい創造が頭をよぎり、ぶるっと肩を震わす。そんな私の心の内を当然知ることのない伊月君は、ジャーマンポテトのようなフライドポテトをひとつ、つまんで口にした。

食べるのも忘れて彼の行動をつい、目で追っていたものだから、ポテトに向けていた目線を伊月君が私に向けたことで、ぱちりと視線が絡んだ。

「ほら、ポテトもさめちゃうぞ。美味しいうちにバーガー食べなって」
「ん」
「口にあったようで良かったよ」

バーガーを途中までしか食べていない私を責めることもなく、ひとつ、またひとつとポテトを食べる伊月君の胃は、まだまだ空いているようだ。
彼を見習って、私もバーガーを食べ、紙を小さくたたむ。伊月君がたたんだ包み紙の方が、きれいに収まっている気がしたのは、この際無視しよう。
その間に自分のポテトは食べきってしまったのだろう、ポテトを食べる手が止まったままの伊月君に、おずおずと声をかける。

「伊月君、」
「んー?」
「…よかったら、私のも、たべる?」
「いや、それ涼宮さんの分の。あ、もしかして多かった?」
「ちょっと、」
「うん」
「手伝って、くれると、うれしい」
「なら、もちろん!」

やけに嬉しそうな声。意地悪そうでも、楽しそうでもなく。嬉しさに目を細めるような、そんな表情で柔らかく笑う伊月君。そんなにお腹空いてたのかとか、どうしてそんなに嬉しそうに笑うのかとか、疑問に思うことはたくさんあるけれど。それ以上に。
ああやっぱり心臓が持たない。逃げたい。


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