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16
悩みに悩み、結局初めに打った文章に落ち着いた。


涼宮千恵です。
連絡先ありがとう。
覚えててくれて嬉しかったよ。
古典の課題のこと、また話せたら嬉しいです。




スマホの時計を見ると、もう1時間半以上経っていた。どれだけ悩んでいたんだろう。
この文章で、いいかな。むしろもう送らないっていう手も。いや、それはまずいかな。
逡巡として、えいや、と送信ボタンを押した。

そしてもう一度、送ったメッセージを見る。そこで初めて気が付いた。なんで絵文字の一つも付けなかったんだろう!
業務連絡みたいな内容だ。まるで私がいやいや送ったような文面に見えるかもしれない…。
なにか追加で送るべき? スタンプとか? 使いどころがわからないけれども。ああ、幼馴染のあの人がやっていたように使えばいいのだろうか。
スタンプの一覧を出してみる。かわいくデフォルメされたアイドルが色んなポーズをとる、50種類ほど並ぶスタンプをスクロールしてみる。勝手に入れられた、あまり使っていないスタンプ。この中のどれを送れと…。
しばらく考えてもわからなかった。
もういいや、このままで。メッセージを送れただけで十分だ。
自分に甘すぎることは良くないことなのはわかっているけど、そっと目をそらした。

古典の授業課題は一人でできるとこまでは進める。けれど、一人でやっても視点が偏ってしまうから、伊月君と進めるべきだし、ちゃんとそういった部分も残さなければ。適当なところで古典は切り上げて、あまり得意ではない数学のノートを開いた。

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茜色に染まっていた空がいつの間に暗くなっていた。天井からの明かりが手元を照らす図書室の中。ふと時計を見てみれば、だいぶ時間がたっていることに気が付いた。もう少ししたら、帰らないと。
気になってスマホをチェックしても、期待するような通知は来ていなかった。
返信はもちろんのこと、既読もつかないメッセンジャーアプリの画面を睨むように見る。たぶん部活中だから、スマホを見る時間なんてないから、返事が来ないんだろうけれど。
…伊月君、どうしてるのかな。

もう一度シャーペンを手にする。課題をやってしまおう。図書室が閉まるまであと30分ある。あと20分だけ、やろう。

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広げていた教科書やノートをスクールバックにしまい、司書さんに挨拶をして図書室を出てすぐの時だった。ポケットからかすかな振動を感じてスマホを取り出してみると、画面が着信中であることを示していた。
表示されている名前は、……伊月俊。

「え……」

信じられなくて、画面をまじまじと見つめる。その間もスマホの振動は続いている。とろうか、どうしようか。気付かないふりをしようか。そんな考えが頭をよぎる。
だって電話って苦手なんだ。相手の顔が見えないから。
未だ振動を続けるスマホ。
でも、相手は伊月君だ。昼時に掴まれた腕を思い出して、慌てて頭を振ってその感触を追い払った。

しょうがない。出よう。やっとの思いで通話ボタンを押した。スマホを耳にあてる前に、かすかに『あ、涼宮さん?』と私を呼ぶ声が聞こえた。

『涼宮さんだよね? 良かった! 通じたー』

やけに嬉しそうな伊月君の声が耳元から響いた。え、これ良くない。声が良すぎて耳にやさしくない。何も返せないでいる私に、伊月君が「良かった良かった」と繰り返す。

『何度かかけたし、今回に至ってはすっごく長い時間鳴らしてたから、これで人違いだったら俺訴えられてたかも』

楽しそうに話を続ける彼の声は、そのまま何かダジャレを思いついたようで『キタコレ!』といくどか言っていた。ややあって、ダジャレは全て書き留めたのか、伊月君の声が少しばかり落ち着いたものとなった。

『遅くにごめんね。部活が終わるの、この時間なんだ』
「そ、っか」
『涼宮さんは?もう家?』
「あ、と。…いま」
『当ててみようか』

表情は見えない筈なのに、いつの日か見たように、爽やかさのかけらもなく、にやりと笑った伊月君の顔が脳裏をよぎった。

『さっきまで図書室にいた』

『お、当たり?』なんていう彼の言葉に思わずびっくりとして足を止める。丁度図書室のある3階から降りるための、階段の踊り場まで来たところだった。
なんでどこにいるかわかるんだろう。伊月君、なんでも出来過ぎやしないだろうか。

「やっぱり」

そのとき、なぜか電話越しではない、生の伊月君の声が聞こえた。階段を下った先、私より数段低いその位置から、私を見上げる人物がひとり。スマホを耳にあてたまま、いたずらが成功したように笑う、伊月君が立っていた。

「涼宮さん、発見」


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