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17
突然の伊月君の登場に、びっくりしすぎて声が出なかった。手から滑り落ちたスマホが音を立てて床に落ちた。

「そんなに驚かなくても」

「驚かせてごめん」と謝罪を口にする彼は、さっきまでとは違って柔らかく笑っている。かと思えば申し訳なさそうに私のスマホを拾い上げ、表裏、ひっくり返してみた後に、私に差し出してきた。

「傷はなさそうだから大丈夫だと思うけど、一応ちゃんと動くかチェックしてみて」
「…ありがと」
「スマホ落とさせたのは俺なんだから、涼宮さんが感謝するのは違うと思うけど」

スマホのロックを解除して、いくつかアプリを立ち上げる。問題は無さそうだった。キーホルダーのアクリル板も割れていない。

「……大丈夫、だと思う」
「良かった。本当に、驚かせてごめんね」

今、私としてはスマホの安否よりも伊月君の方が気になる。じっと彼を見れば、言わずとも聞きたいことが伝わったのか、「知ってたよ」と伊月君は口にした。

「ほら、昨日だって図書室で会ったし、もっと遅い時間にも体育館辺りで会ったことあっただろ。帰宅部なのに教室以外で遅くまで残るとしたら、図書室ぐらいかなって」

確かに、と彼の言葉にうなずく。続けて彼は「明日の昼もどうせ今日みたいな感じになって、ゆっくり話せないだろうから」と言った。課題のことを言っているんだろうけれど、部活は、良かったんだろうか。私のせいで早く切り上げて来たとかだったら申し訳なさすぎる。
噂によれば誠凛高校のバスケットボール部は新設校にもかかわらず強かったはずだ。その練習を邪魔したとかだったら、本当に、どうしたらいいんだろう。

「はいストップ」

そんな掛け声とともに、伊月君の指先が私の額に触れた。いつの間にか沈んでいた思考の海から抜け出て、その手の持ち主を見上げる。伊月君は、わがままを言う子供を見るような、ちょっと困ったような表情を浮かべていた。

「思ったこと、考えていることはちゃんと口にする。どんな言葉でもちゃんと聞くから」
「えっ……」
「まあ、言いたいことはだいたいわかるけど。大丈夫、部活は全力で最後までやってきたから」

ちょっと遠い目をしながら「さぼったら練習3倍で死ぬ」とこぼした伊月君の言葉は、どう受け止めるべきものなのだろう。
彼はいつも私の言葉を待ってくれている。そうでないときは、察して言葉をくれる。同い年とは思えないぐらい、できた人だ。

「…部活、」
「ん」
「お疲れさま」
「ありがとう」
「……」
「じゃあ、帰りながら課題の話しようか。涼宮さん、色々調べてくれてただろ。本当にありがとう」
「ぜん、ぜん」
「謙虚だ」

ぽつり、ぽつりと言葉を交わしながら校門に向かう。明後日から土日だけれど、さすが強いと噂のバスケ部。週末も練習があるようだ。それでも土曜日の部活後の夕方からなら互いに時間が合いそうなことが分かった。学校の図書室は土日はあいにく早く閉まってしまうし、教室だって部活が終わる時間には閉まってしまう。
互いの家と学校の間に位置する図書館に集合場所を決めたところで、バス停についた。制服を着た生徒が何人かいるようではあったが、伊月君の知り合いはいないようだった。わたしにはもちろんそんな友人はいない。他の生徒にちらりとも目を向けなかった私を見て、伊月君はなぜだか苦笑していた。

伊月君はバスが到着するまで一緒に待っていてくれるようで、またぽつりぽつりと言葉を交わす。「じゃあまた明日」と手をあげた伊月君に、ぎこちなく手を振り返してバスのステップに足をかけた。

---


帰宅して、ご飯とお風呂を済ませて自室に戻る。しばらく手元になかったスマホが戻ってきて、なんだか変な気分だった。アドレス帳の中の、伊月俊という項目を開く。
なんで伊月君はこんなに私にかまってくれるのだろう。

しばらくその名前を見つめていたら、突然スマホが通知を知らせるべく振動して、驚いた。

メッセンジャーアプリのアイコンと共に、送信者の名前が表示された。



未読無視の次は既読無視とはいい度胸じゃねーか!
轢くぞ!!




昨晩、読むだけで返事を返さなかった幼馴染からの連絡だった。
どうしよう、とスマホを片手に思い悩む。するとスマホがもう一度振動した。同じく、清志くんからのものだった。



反応があって安心した。
たまには顔見せろよ。



既読を付けたことに関してだろうか。あんな別れ方をしてしまったのに、まだ気にかけてくれる彼のやさしさに、誠意で返せない自分が嫌でしょうがなかった。

---


翌朝。起きろ起きろと騒ぎ立てるアラームを止めて起きあがる。朝だというのに部屋が暗い。天気が悪いようだ。少し伸びをして、時間を確認するべくスマホを手に取ってみたら、通知を知らせるランプが点滅していた。
アプリの更新情報か何かだろうか。ロックを解除して、息をのむ。

昨日、メッセンジャーアプリでいくどとなく目にした名前が再び表示されていた。伊月俊。その三文字に、眠気は一気に吹き飛んだ。

恐る恐るアプリを開いてメッセージを読む。


涼宮さんおはよう。昨日はありがとう。
今日は雨だから、屋上じゃなくて教室で食べるからそのつもりで。



伊月君の気遣いと優しさに、感謝の気持ち以上に、今まで疑っていたこと、傷つけたことに対して、ただただ罪悪感が募るばかりだった。



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