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13
「ハイ、ストップ。涼宮そこまで」

手首をつかまれて、逃走を阻止される。この手は知っている。伊月君の手だ。先ほどまで私を支えてくれて、私の頭をなでていて、その前は私が振り払った、そして昨日も私の手を掴んだ、伊月君の手だ。
一緒にお昼を食べようといったのは、私を公開処刑したかったのかな、なんて。
怖くて、顔を上げられない。そういったことをされても、文句は言えない。今まで私が彼にとってきた態度の数々を思えば。

真剣な声の伊月を見れない。昨日、少し受け入れてもらえたと思ったのに。伝わったと思ったのに。もし、改めて拒否されたら――。

「泣きそうな顔しないでよ、涼宮」

伊月君は「そんな顔されたら俺も傷つくんだけど」と全然傷ついていない声色で、隣の友人に話かけるにはいささか大きな声で、続けた。まるでクラス全体に聞かせようとしているかのように。

「話しかけられると、嬉しいけど恥ずかしい!って感じでまた逃げるかと思ってさ。だから安全策。これはこれでかわいいから良いけど」
「やっ恥ずかし…!」

かわ、かわ、は?かわいい?今、なんて?
図星な発言とかわいいという発言に今度こそ恥ずかしくて逃げたいのに、伊月君は私の腕をつかんだまま離してくれない。「ひいっ」と悲鳴を上げた私をどこか同情するような眼で見つめる、伊月君と話していたクラスメイトと目があった。目つきが悪い人、見てないで助けて欲しい。

「まあ、伊月。気分はわかるが、とりあえず屋上行こうぜ。カントクが待ってる」
「ああ、そうだな。じゃあ、涼宮行こうか」

さりげなく私のお弁当箱の入った鞄を机から取って、私の退路を断った伊月君はそれはもう爽やかに笑っていた。そのまま伊月君に腕を引っ張られながら屋上に向かう。数が増えたクラスメイトからの視線を背中に感じながら。

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伊月君について屋上のドアを抜けると、下から吹き上げるような風に出迎えられた。快晴だけれど、もう蒸さるような暑さは無かった。
屋上は出入り自由になっているのか、生徒が数人づつ、グループになってあちらこちらに座っている。そのうちの一つ、フェンスの手前に、半円になって座っているグループがあった。

以前として私の腕を引いたまま、ためらいも無くその集団に近づいた伊月君は、女子生徒の左に私を座らせた。彼自身は私の左に腰を下ろし、女子生徒の右側に、ずっとついてきていた目つきの悪い彼も腰を下ろした。

「遅くなってごめん。この子がうちのクラスに今月期始めに転校してきた涼宮。で、マネージャーに良いと思うんだよね俺」

突然爆弾を投下した伊月君は、しかし、なぜか日向君から受け取ったお弁当箱をあけてランチタイムに入ろうとしている。

「え?何、伊月君どういうこと?」
「古典の課題あるだろ。あれさ、俺涼宮と一緒の班なんだけど、情報処理能力っていうの?それがずば抜けてるっぽいんだ」

いぶかしげに私を見る女子学生に対して自慢げに話す伊月君の言葉に、私は目を白黒させるしかなかった。

「しっかりしている様には――、見えないわね」
「うっ」
「まあいいわ、それはおいおい聞くとして。私は相田リコ。バスケ部の監督をやっているの。よろしくね、涼宮さん」

あきれたような表情を伊月君に向けてから一転、私に視線を向けた相田さんはにっこりと笑った。転校して以来、初めてちゃんと女子と話せそうなチャンス!なのは、わかっているんだけれど。


「……」
「涼宮さん?」
「いや、恥ずかしがっているだけだから、ゆっくり待っててやって」
「へえ、そうなの」
「…っ……涼宮、千恵、です。よろしく、おねがっ!った」

噛んだ。やだ恥ずかしい。いつの間にか離されていた手で思わず顔を覆う。ぶっと噴き出した声が両側から聞こえた。
やだもう穴があったら入りたい。無くてもいい、掘るから入らせて!

「ああ、そういうことね」
「そういうことか」
「わかっただろ?」

頭上で相田さんを含んだ何人かの納得の声と、なぜかまた自慢げな伊月君の声が紡ぐ会話を聞きながら、私はしばらく顔が上げられなかった。

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「おーい涼宮、落ち着いた?」

まだ笑いをこらえているような表情で「わるいわるい」と謝る伊月君は絶対悪いと思っていない。
じとっとした目線を向ければ、それをOKととったのか、伊月君は共に円座を組む他の生徒を順に紹介してくれた。
彼らはどうやら男子バスケ部という部活のつながりで集まっている面々らしかった。

先ほど自己紹介してくれた右隣の相田リコさん。そこから反時計回りに、目つきの悪い主将の日向君、猫っぽい小金井君や、優しげな雰囲気の水戸部君。他にも何人かいるんだけど、後日また紹介するわね、という相田さんの声に、黙ってうなずく。

そのまま沈黙が続く。まじまじと複数人から向けられる目線が辛い。無理だ。お昼食べられない。でもお腹空いた。ううう。

「そんな見てやんなって。このままだと涼宮お昼食べられそうにないから」
「あー…」

色々と思おう所のある形ではあるが、伊月君の助け舟によって、いくつかの視線が私から外れた。

「なんていうか…涼宮さんて、困らせたくなる顔してるわね」
「えっ」

それはどういう意味ですか相田さん!!「だろー」と左側から伊月君の同調する声が聞こえる。いや、なんで?




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