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12
彼について、元いた私の穴場スペースに戻ってきた。
結局翌日連絡先を交換することになったのだけれど、その時の伊月君は、少し切なそうに言ったのだ。その理由は、ついぞわからなかったけれど。

「バッテリーも空だろうし連絡先は明日交換しよう。昼飯食いながらでいい? ついでに古典の課題の相談もしたいからさ」
「っえ、あ、うん」
「明日は、逃げないでよ」
「…っ!!」

ぐっと言葉に詰まって返事を返せないでいる私に、「じゃあまたね。俺部活あるから」と手を挙げて、伊月君は歩き出した。私たちの教室のある校舎とは反対方向に歩む伊月君の行く方角にあるのは確か、体育館。
ここからだと校舎の影になって見えないから、今まで気づかなかったけれど。あの体育館は前に私がバスケをする伊月君を見た場所だ。道理で彼がここを知っているはずだ。

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帰宅後、充電したスマホを充電器につないで電源を入れると、複数のメッセージと着信があった。両親からのものと、幼馴染からのもの。あとは通知をオンにしているアプリやショップからがいくつか。
てっきりメッセージは溜まっていないと思っていたから、少しだけ嬉しい。

家族にはスマホをなくしたあとも会っているからか、無くした最初の日の分しかメッセージは無かった。
けれど、幼馴染には会っていないし、そもそも連絡をする要件もなかったから、スマホをなくしたことは知らせていなかった。スマホを無くした初日に着信と、私を気遣うメッセージを送ってきた後は、未読無視するな轢くぞという、いかにも彼らしいメッセージを送ってきていた。
だからといって、彼になんと返せばいいのか。結局既読だけつけて、返事は返さずにロック画面に戻した。

「ごめんね、清志くん」

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そして翌日。チャイムが午前中の授業の終わりを知らせた。一緒にお昼、というかつてない高校生イベントが私を待ち受けているはず、なんだけれども。

伊月君は今日に限ってクラスメイトと何やら話していて、すぐに移動しようとしない。
もしかして、忘れられている?私から声をかけるべき?

でも、それが、私をずうずうしいと思っているからだったら?声をかけないんだから、気が変わったってことを、察しろってことだったら?
ぐるぐると頭の中を嫌な考えが巡回する。意味も無く、ゆっくりと筆記具やらノートやらを鞄に戻す。だがそんな努力もむなしく、机の上はすぐにきれいになってしまった。
相変わらず伊月君は眼鏡をかけたクラスメイトと話している。どうしよう…

いつもすぐに教室を出る私がここにいたら、何かあるって思われるんじゃないかな。ちらちらこちらを見るような女子生徒の姿。クラスを出ようと決心して立ち上がる。
ほら、前の体育の時の子、あの子みたいに、きっと悪意が―――

「涼宮」
「やっ」

反射、だった。声をかけると同時に私の手首に触れた伊月君の手を、振り払ってしまっった。
どうしよう。昨日やっと、感謝を伝えたばかりなのに。また。
伊月君の手が空中でとまっている。

教室の空気が凍ったのがわかった。

「うわ」「涼宮さんだ」「まただ」そんなクラスメイトの声が、聞こえる。そりゃあ私だって、逆の立場ならそう思う。この、イケメンな伊月君の手を振り払うなんて。

「相変わらず恥ずかしがり屋だなー、涼宮は」

少し大きめの声で、そう言う伊月君。
先ほど私が振り払った伊月君の手が、気付けば再び近づいてきた。そのままやさしく頭を撫でられる。こんなことをされたら、余計に女子の反感を買う。及び腰になって一歩後ろに下がろうとしたら、自分の席の椅子にぶつかって、勢い余って後ろにバランスを崩した。

倒れる―――

傷みに備えて目をつぶる。いつまでたっても衝撃が来なかった。かわりに左の二の腕を誰かにつかまれた。勢いよく、今度は前にひかれる。
恐る恐る目を開けてみれば伊月君が私の腕をつかんで、転倒から回避させてくれたようだった。
やってしまった…!絶対誰かの恨みを買っているよ、これ。
だけどその前に、伊月君にお礼を伝えないと。昨日に続けて、椅子に引っかかるなんて2回目だ。

「大丈夫?」

伺うような伊月君の声と共に、私を支えてくれていた彼の右手は離れていった。少しの寂しさを感じた。

お礼を言うべく、そっと伊月君を見上げれば、彼の後ろに立つ、先ほどまで伊月君が話していたクラスメイトの姿も見えた。うわ、目つき悪い。怖い。

「お前の目つきが悪いからだぞ日向。涼宮が怖がってるだろ」
「んだとコラ!」
「ひいっ」

ヤンキーみたいだこの眼鏡の人。こっわ。見た目まじめなのに。怖い。

「だいたい伊月、お前がいきなり涼宮さんの手を掴もうとするからだろ」
「しょうがないだろ。涼宮、逃走癖があるんだよ」
「は?」

きょとんとしている目つきの悪いクラスメイト同様、私も何も言えなかった。
言われた。自覚もしていた。でも、こうして言われると、嫌だ。目の前で、悪口は言わないでほしい。散々伊月君に対してひどいことをしておいて、それでもまだ、そう思ってしまう。クラスの中の数人がこちらを見ているのを感じた。
ああ、逃げ―――



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