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11
ついこの間まで残暑がと言っていたのに、夕暮れ時になるともう肌寒い季節になっていた。秋を感じさせる風が私と伊月君の間をすり抜ける。

「それで」
「え?」
「連絡先、教えてくれないの?」
「えっと、」

口ごもる私を、彼は辛抱強く待っている。携帯無くしましたと正直に言うのもはずかしい上に、2週間近くそれを放置しているいい加減なやつと思われたくない、かな。
だけど伊月君には、取り繕っても全ていまさらかもしれない。
徐々に視線を下に向けながら、恐る恐る口を開く。

「携帯、無くしたの」
「え?いつ?」
「……2週間ぐらい、前」
「……」
「……」

沈黙が痛い。絶対あきれられている。今どきの女子高生は携帯無しで1週間とか過ごさないよね。あまりの沈黙に耐えられなくなり、けれど鍵という人質を取られている以上逃げるわけにもいかず、そっと彼を見上げた。伊月君は顎に手をあてながら斜め上を見ている。
しばらくして、「ああ」と納得したように私を見た。

「もしかして、アクリルストラップがついている白いカバーに入ったスマホ?」
「え、そう…だけど。どうして」
「2週間ぐらい前の放課後、ここで拾ったんだよ。涼宮さんのだったのか」
「…」
「事務に届けてあるよ。今から行こうか」

歩き出した彼について事務室に向かう。
もしかしなくとも、伊月君こそが、この場所を知っていて、かつ、スマホを拾ってくれた人?
それこそ、クラスでスマホを落としたことを聞くだけのコミュニケーション力が私にあれば、もっと早くスマホが手元に返ってきたのに。
自分の対人能力の低さにため息しか出ない。

「せっかくスマホが見つかりそうなんだから、そんなため息吐かなくても」
「……」
「ほら、事務室着いた。待ってるから、受け取っておいで」

伊月君に背中を押され、カウンターに近づく。事務が閉まるギリギリの時間に来た私たちに、職員のおばさんは少しだけ眉を寄せた。ひっと肩が揺れる。

「……あの」
「はい、どうしたの」
「……」
「黙ってたらわからないわよ」
「……」
「あのねえ」
「…スマホ、届いてないですか…白の」
「ああ、それなら。本人確認しないといけないから、スマホの特徴と、一緒に入っているものがあれば、それを言ってくれる?」
「…白い、ノートタイプのケースで……ローマ字でみゆみゆと書かれたストラップが、ついてます」

「それで?」と促したおばさんに、後ろから別の人が声をかけてきた。前にここに来てスマホの落とし物は無かったかと聞いたときに、対応してくれた人だ。

「それ、あなたのだったの」
「……あ、はい」
「一応スマホの中に入っているもの、答えてくれる?」
「……写真が2枚、入って、ます。あと、カードと、メモが1枚づつ」
「はい、OK。じゃあこの紙に名前とクラス書いておいてね」

指定された紙の上半分には伊月くんの名前が書いてあった。見覚えのある、彼の字だ。
名前を書いていると、職員のおばさんが「あら」と声を上げた。

「あなた…このスマホ届けてくれた子じゃない」
「あ、はい。拾ったの俺です」
「知り合いだったのならもっと早くに来れたでしょうに」

事務の人が放った何気ない一言が、胸に突き刺さるようだった。本当、そうだ。私、全然クラスで馴染めてない。ちゃんと話せる人がいない。伊月くんとだって、今日はじめてまともに喋れたくらいだ。

書き終わった紙をカウンターの向こう側に差し出した。

「はい。これで終わり。もうなくさないようにね」
「次からはもっと早い時間に来なさい」

職員のおばさん2人に見送られて、事務室を出た。ずっと待っていてくれた伊月くんも一緒だ。彼について、なんとなしに来た道を戻る。

「良かったね、涼宮さん。スマホちゃんと返ってきて」
「………うん、」

久々に手にするスマホの感触に少しの懐かしさを覚えた。アクリルストラップの輪郭をなぞるように、指を添わせる。ストラップもちゃんとついたままだった。良かった。
スマホを拾って届けてくれた伊月君を見上げる。

「持ち主がすぐ隣にいたとはね。もっと早く気づけばよかった。悪いな」
「ううん、……」
「ん?」
「…あの…ありがと」

少し目を見開いて、そしてまた彼は、ふわりと笑った。優しく細められた目が私を写している。
ああもう、今日はその笑顔を見過ぎて、心臓が持ちそうにない。

「どういたしまして」


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