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椅子と私が倒れた音を聞きつけて来た司書のお姉さんに、ぎろりと睨まれた。普段はおっとりとした雰囲気なのだが、美人である司書さんは怒った顔が怖い。私と同じように驚いたのか、腕をつかむ力が弱まっていた伊月君の手を勢いよく振り払い、慌てて荷物を鞄につめる。

そして図書館を出たのだが、なぜか、伊月君も一緒だ。そしてなぜか、私のぼっち弁当の穴場に、二人で座っている。

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なぜ今回逃げられなかったのか。鞄をまとめて逃げ出そうとした私から鞄を奪い取り、「俺が持つからちょっと話したい。お願い」と彼がのたまったからである。そして、あれっもしかして、と思っているうちに、私の穴場についてしまったのだ。

今なお私の鞄は彼の腕の中。家の鍵もその中。携帯は元から無くしたままだから良いけど、家の鍵は困る。なんてったって、今晩泊めてなんて言える友人がいないからね!ぐっ、ぼっち悲しい…。

「涼宮さんすごいな、古典の課題、今日だけであれだけまとめたんだろ?情報収集と処理がうまいんだな」
「…」

にこにことこちらを見る伊月君には、さきほど私の下着を見たことなんて感じさせないほど爽やかだ。それに、先日体育館で見たような違和感を感じさせる、影もない。
私の返事を待って、相変わらずきれいな鈍色が私を見つめていた。

伊月君が今、目の前にいる。次はいつこうして話せる? 明日の朝、とか?
逃げ出しそうになる思考を振り払う。
いや、無理だ。それが出来たなら今までとっくにそうしてた。せっかくこうして彼が機会を作ってくれたのだから、今、ちゃんと、伝えなきゃ。
謝罪と、感謝と、あと――

「涼宮さん、さっきも本当にごめん。その上で出来れば、課題やるのにも連絡先教えてほしいんだけど」
「……」
「あー、ごめん。人目の無いところに連れ込みたかったわけじゃなくて―――」
「なんで」

え、と首をかしげる彼。つい、遮ってしまった。
あ、やばい、と思った時には言葉が止まらなかった。

「最初の日、すごく緊張した。やっと自己紹介できそうになったタイミングで、伊月君がダジャレ言うから失敗するし」
「え、あ、あー。あれはごめん」
「イケメンのくせしてほいほい声かけてくれて。女子の反感怖いし、お昼も、体育も、誘ってくれたの嬉しかった!けど!ぼっち飯だし、だれも口きいてないし!そもそも、…!」
「わっ涼宮?!」

違う、こんなんじゃない。いや、文句もあるけど、感謝と、謝罪なのに。伝えたいのは。伝えたい気持ちが言葉にならないまま、違う音になってこぼれ出る。彼が傷ついたこと、私は知っているのに。

「本当、申し訳なく思ってるよ。涼宮さんにしたこと」
「ちがっ」
「違わないだろ。頑張ろうとしている涼宮さんを、俺が邪魔したようなもんでしょ」
「違う!」

眉尻を下げて寂しそうに謝罪を口にする彼を見たら、気付いたら彼に詰め寄って大きな声で反論していた。

「違うってば!」

声を張り上げた私を彼の瞳が見返す。伊月君との距離が近い。
もう自分が何を言っているのかわからない。

人に、どう思われるのかが怖かった。でも、ここには彼以外の人はいない。そして、彼に伝えないといけないことがある。きっと、もう私のイメージは最悪だ。だから、今更ちょっと何かを間違ったって、もうこれ以上悪くはならない。そもそも、ずっと私が伊月君を傷つけていたんだ。だから、伝えるんだ。

「私が、謝りたかったの。声かけてくれたの、嫌じゃなかった。ううん、すごく、嬉しかった。急で、びっくりして、だけど」

怖い。受け入れてもらえるか、怖い。それまで彼に向けていた目線が下がり、伊月君の黒のブレザーの裾が目に入る。そのまま自分のつま先に向かいそうな目線をなんとかとどめる。
震えて汗ばむ手をぎゅっと握りしめて、視線を上げる。彼のブレザーの襟が目に入る。あと少し。鈍色に瞬く伊月君の瞳を見上げた。

怖い。拒否されたら怖い。だけどこれ以上、このきれいな瞳に影を落とさせたくない。

「嬉しかった、よ。ありがとう。嫌な態度取って…ごめん」

少し、伊月君は目を見開いて、そして、細めた。

「良いんだ。俺こそ、ごめんな。……そう言ってくれて、ありがとう」

ああ、転校初日に見た、勇気をくれた表情。私の好きな、あの笑顔だ。



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