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 次の日、どうしたって部活は緊張してしまった。伊月君の言葉が頭から離れない。昨晩だって、真剣な表情で私を写す2つの瞳が頭から離れなくて、けれど同時に「ごめん」という彼の言葉を思い出して、その度に心臓が締め付けられるようで、全くと言って良いほど寝付けなかった。

 だけど伊月君は控え目とはいえいつも通り私に声をかけるし、誰かになにかを言ったわけでもなさそうで、私だけが気にしているのは明白だった。その事実が余計に私の胸を抉る。

 今日は練習の息抜きもかねて、バスケ部で出すフライドポテトの模擬店用の看板や伝票なんかを作っているのに、文化祭に向けて気分が全く上がらない。

「千恵、ちょっと上の空過ぎ。今週末に迫ってるのよ、文化祭」
「そ、そうだよね。うん、合宿費、稼がないと……だよね」
「わかってるならイイの。クラスの方のシフトもあるだろうけど、早く完売できたらその分自由時間も増えるから!」
「あの、そのことなんだけど、私いいよ。空いてる間、ずっとシフト入れてくれても」
「こら、ちゃんと学生生活するの!」
「いたっ」

 手に持ったバインダーで相田さんに軽く背中を叩かれた。別に対して痛くはない。痛くはないけど、そうやって、ちょっとふざけたり、こんな何でもないことで笑ったりできるたび、ああよかったと思えるんだ。誠凛に来て、バスケ部に入って、……伊月君たちと会えて。そう、思いたい、のに。じわりとにじみそうになる涙をなんとか押し留めた。

「ありがと……あい、え、カントク、さん」
「……なに言ってるの、当たり前でしょ」
「あ、涼宮、カントクちょっとーー」
「伊月君? ってあら、千恵……?」
「すみません、備品チェックしてきます!」
「シフトのことなんだけどって、まあ、そうなるよな……」

 伊月君が近づいてくるのを見た瞬間、背を向けて適当な言い訳を口にしながら体育館の出入口を目指していた。

 それから文化祭当日まで、同じ部活で隣の席だと言うのに、伊月君とまともに言葉を交わすことはできなかった。

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 文化祭が2日後までに迫っている。
 朝から文化祭準備のために授業はなくて、生徒が忙しなくクラスを出入りしていた。学校全体で一学年しか生徒がいないからどこも基本的に人手不足で、あちらこちらで人手を求める声が上がっている。そんな中、うちのクラスは割りと落ち着いている方なのかもしれない。
 宣伝用の段ボールパネルや教室の装飾品、あとは撮影ブースの用意を生徒がグループに別れて行っている。

 かくいう私も、データの中身を変えるように言われていたチラシを昨晩仕上げてきたから、これを依頼者である津田さんに見せないといけない……けど、さっきから別の人となにか打ち合わせしてるっぽくて、声がかけられない。

 こういうときに助けてくれる伊月君とは私はまだどう接していいかわからないし、そもそも彼はちょうどバスケ部のことで相田さんのクラスに行っちゃったから、自分で何とかしないといけない。
 ちらりと脳裏に伊月君の真剣な表情と甘い声とごめんという言葉が甦る。とたんにざわつく心をなんとか静める。いけない、今は文化祭準備に集中しなきゃいけないのに。

 そのとき、勢いよくこちらを振り返った津田さんとぱちりと目があった。しばらくの沈黙のあと、津田さんが「あー!」と大きな声を出して、駆け寄ってきた。

「涼宮さーん、新しいチラシできた?!」
「は、はい! こんな感じで、どう、かな」
「わー! めっちゃイイ!! 前のも良かったんだけど、企画内容変えちゃったしどうしよ?! って
思ってたんだけど……さすが! 涼宮さんに頼んで良かった! これ絶対人集まるねー!! そしたらがっつり稼げるやったー!」
「そう……なると、いいですね?」
「もー! なんで敬語なのー?! え、もうほんとこれめっちゃ好みだわ! うちの部のチラシも涼宮さんにお願いすればよかったなー!! あ、そうだ!」

 がしりと津田さんに手を握られた。私と同じくらいの大きさの、ひんやりとした手。伊月君の手との違いにばかり、意識がいってしまう。

「涼宮さん、顔出しパネルの原画描かない? 拡大印刷か分割印刷して貼ろうよ! そうしよそうしよ? めっちゃ人集まるよー!」
「はー? オーイ津田さん、俺らの努力は?」

 床にパネル板と絵の具を広げていた男子グループから避難の声が上がる。まあ確かに、気分はわからなくもないかもしれない。彼らのパネルは完成間近で、人気のキャラクターが描かれていた。そのとなりには乾くのを待つばかりの……前衛的なイラストのパネルもある。

「えー? それも当然使うって! いろんな種類あったらゲーセンみたいじゃん? 選べる方がいいよ!!」
「それ予算足りるー?」
「文化祭当日回収するから問題なし!! ほら、焼き肉のために頑張るよー!!」
「赤字にすんなよー! 焼き肉無しとか無理だからな!!」

 クラスのほとんどの生徒が、打ち上げの焼き肉を目標に頑張っていた。この輪に入れるような人間だったら、伊月君にフラれることもなかったのかな。


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