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 もともと文化祭でなんちゃってコスプレ写真展示をする予定だったはずのうちのクラスは、売上金を自由に使っていいと知って、打ち上げに焼き肉を食べるべく直前になって写真館に方向転換した。
 衣装も手縫いで用意する暇はなかったのでネットで安いものを何種類か身繕った。その他に顔部分だけ穴の空いたパネルや、SNS映えする小道具を用意した撮影ブースを用意すれば、1枚ワンコイン、その他各オプションありでインスタントカメラ撮影サービスを行う写真館の完成だ。
 常駐するスタッフもカフェやお化け屋敷ほどいらず、シフトを組むにも苦労が少ない。直前に舵を切ったしたにしては、驚くほど効率がよかったのだから、さすが文化祭委員という他ない。

「そーいえば涼宮さん! パネルなんだけどね、カップル向けのラブラブな感じのやつがいいな! それだったら女の子同士でも撮れるし、ふざけた男子同士にも撮ってもらえそうだし、むしろそれを一部の女子に売りさばけるしね!」
「つ、津田さん……ええと、二人分の顔を出す穴があるパネルってこと?」
「そ! メルヘンチックなお姫様と王子様的な奴がいいかなー! 今あるやつと違うテイストがいいから、一応見ておいて! 加藤たちが作ったやつとか!」
「わ、わかった」
「時間もないし簡単なのでいいんだけど! お願い!」

 いつも通りノンブレスで流れるようにしゃべる津田さんに若干押され気味になりながら、頭の中で彼女の言葉を反復する。
 加藤くんたち運動部が作ったのが前衛的(?)なパネルで、文化部の女の子数人が描いたのがキャラクターもののパネル。これらと違うテイストで、メルヘンチックなやつ……。
 改めてぐるりと視線を教室全体に回したところで、教室に伊月君が戻ってきた。ぱちりとあった視線をどうすることもできずそらす。
 なにも考えたくなくて、津田さんに言われた通りパネル用のデザインを考えるために鉛筆を握った。

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 帰宅すると、スマホに清志君からメッセージが届いていた。木吉君のお見舞いに行った日に会って以来、またぽつりぽつりとメッセージが届くようになっていた。大半は彼が好きなみゆみゆのことで、気を使わなくてもいい話題に私も以前のように返事を送っている。
 対して、それまで多少なりともやり取りのあった伊月君とは、パタリと連絡を取らなくなった。私も彼にメッセージを送っていないし、彼も送ってこない。

 部活にも支障が出ているから、このままじゃだめなのはわかっているけれど、どうやったら元の関係に戻れるんだろう。今まで逃げてばかりいた私にはわからない。

 そもそも私と伊月君の関係って、何だった? 友達、だったのかな。それともクラスメイト? 席がたまたま隣だっただけの人? 思い返せば、私と伊月君の関係なんて、私が勝手に舞い上がっていただけで、特別だと思い込んでいただけで、とても希薄なものであることに気が付いた。

 伊月君の隣にいたいと思っていた。声を聴いていたい、瞳を見つめていたいと思っていた。
 それはどんな関係になったら、許されるんだろう。
 だって私たちの関係には、もともと名前なんてついていなかった。だから伊月君だって、とっさにそれらしい「彼氏」という名前を、清志君に対して出したんでしょう? それが事実じゃなくて、くわえて到底事実になりえないから、私にごめんねって言ったんでしょう。

 そうやって手ひどくふるくらいなら、最初から期待させないでほしいのに。

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 翌日、なんとか仕上がったラフを津田さんに見せれば、彼女はそれはもう大袈裟なくらい喜んでくれた。なんというか、誉めるのがうまいからついつい頼まれたことを無理してでもやりたくなってしまう。

「やーんもう涼宮さん仕事はやーい!! これでお願いしたいなー! こういうの作れるって天才的だよね?!! で、色はねー……」

 津田さんにラフを何枚か見せて、使える色やパネルのサイズを改めて確認して、教室のすみに戻ると、手元に影がおちた。
 顔をあげて、後悔する。今一番会ってどうしたらいいかわからない人……伊月君だ。ここ数日間、ずっと避けてきた。部活では最低限の言葉は交わすだけ。なにも言われないけど部員は私たちの妙な距離にきっと気づいているんだろう。今朝がたカントクさんから「早く仲直りしなさいよ」とそれとなく伝えられた。

 別に喧嘩をした訳じゃない。意見が食い違った訳じゃない。直すほどの仲じゃ、そもそも無かったのかもしれない。だから余計、どうしたらいいのかわからない。

「涼宮、カントクからスマホ見ろって」
「……うん、ありがとう」
「あの、さ……。……いや、頑張って」

 手元に視線を落としたまま、なんとかうなずいて返事を捻り出す。伊月君がどんな表情をしているかなんて、わからなかった。

 クラスメイトの横でパネルに色を塗っていく。少し前までは、こうやってクラスメイトと並べるなんて思っていなかった。一緒に文化祭の準備ができるなんて、とても。でもそれ以上に、伊月君と距離が離れるとも、考えていなかった。
 色塗りが終わったパネルは、あとはもう乾かして立てるだけ。やけに甘ったるい雰囲気を出す、メルヘン調のカップル向け撮影パネル。私がこういうことを任されるようにならなければ、伊月君と一緒にいられたのかな。


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