私は画面上にある印刷の文字をクリックし、完了の文字が出た事を確認して椅子から立ち上がった。そのまま廊下中央にあるエレベーターへと向かう。今日は午後から3階で、支部のリーダーを集めた会議があるのだ。その用意を渡邊さんから任されている。先ほど印刷した資料はそのまま会議室へと持って行くため、会議室から一番近いコピー機から出るように設定したのだ。なので後は資料を回収し、会議室へと運べばいい。私はそのまま資料が出て来るよう設定した、新人研修場所へと向かう。




「失礼します」


一言告げて扉を開けると、中にいた十数人ほどの男女が一斉に此方を向く。そして私がここに勤務している人間だと気づくと、お疲れ様ですという言葉が返ってきた。おお、3年目になっても、やっぱりこういう状況は慣れない。そう思いながらお疲れ様ですと返し、私が先ほど印刷した資料が出ているであろうコピー機へと向かう。しかしそこには先客が。


「え、っと、切原くん?」

「あ、樋野サン! お疲れ様です!」

「うん、お疲れ様です。ちなみに、何やってるの…?」


私の呼びかけに振り返る新入社員、切原くん。彼はコピー機の前でしゃがみ込み、ありとあらゆる場所を開けまくっている。え、君は掃除でもしたいの? 絶対に違うだろうな、と思いつつも切原くん本人に問いかけると、彼は難しい顔をし、あちこちを弄りながら話し出す。


「いやー、実はインクが無くなっちまったみたいでして、インク交換をしようとしたら今度は紙が詰まって」

「………」

「しかもどの箱がどのインクか、分からないんスよ。他はみんな印刷し終わって作業に移ってるから、話しかけにくい雰囲気で…」


その言葉に周りを見渡すと、確かにペン片手に何かを記入している事が窺える。ここの研修担当がいない所を見ると、何か用事で部署に戻っているのだろう。たとえ研修担当と言っても他に、自分のチームの仕事だって少しはあるのだから仕方がない。そう思いつつもいまだにしゃがみ込んでいる切原くんを見下ろすのだが、言葉が出てこない。


「………」

「んー? なんだコレ? うわ、また紙がぐちゃぐちゃ!」


インク交換をしたいと自分で言っておきながら、A4用紙を入れる場所を開けて何がしたいんだこの子? 頭にはそんな思いが浮かんでは消えていく。仕方なくコピー機についている画面を覗き込み、どのインクが無くなってしまったのかを確認する。


「あのねここに書いてあるでしょ?」

「俺、英語は読めないんですよ」

「うん。読めなくても良いから、これがインクの名前だと思って。そうしたらインクの段ボールに同じ英語が書いてある物を探すの。ほらここに書いてあるでしょ」


そう言ってインクの入った段ボールが積みあがっているその中の一つを指さす。


「あ、本当だ!」

「それでこれをさっきと同じ向きで差し込む。空になったインクは、さっきの段ボールに戻して、使用済みの方に置く。後で回収の人が来るから」

「はい!」

「あと紙詰まりは無理やり引っ張らない。ここを抑えてゆっくり引き抜く。後は開けたところ全部閉めて決定ボタン」

「おー出た! ありがとうございます!!」


空になったインクが入った段ボールを抱えて喜ぶ切原くん。確かにここのコピー機の型は古いもので、使い慣れていないと分かりにくいかもしれない。そう思い一から説明して上げたのだが、このように笑顔全開でお礼を言われるのは嬉しいかもしれない。渡邊さんに教育係を言い渡された時は、そんなお役目重たいと思ったものだが、この調子なら最低でも良好な関係は築いていけそうな気がしてくる。まぁ、まだ完全に私が研修を担当する時期ではないが、少しずつでもコミュニケーションを取っていけたらとは思っていたし。そこまで乗り気という感情は持っていないとしても、渡邊さんにご指名頂いたのだから期待を裏切るような事は絶対にしたくない!


「いやー本当にすごいッスね!」

「コピー機ぐらいで大げさだなー」

「えーでも研修担当の人は今、部署に戻ってていなかったから助かりましたよ! 本当にありがとうございました!」

「どういたしまして」


本当にたかだかコピー機ごときで、こうまで尊敬したようなまなざしで見られちゃうのもなんだか居た堪れないものだ。まぁ、なんというか、ちょーっぴりおバカさんな所は気になるが、この明るさに6月からの配属が少しだけ楽しみになった気がしないでもない。あ、それまでに少しでも英語は出来るようになっていてくれると嬉しいな、と思いつつ切原くんに笑顔を返すのだった。




2014/08/09 莉壱


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