「君、やっぱりお坊ちゃん?家でっかいねー」


「めっちゃ寛いでる…」


 部屋にかけられたハンモックに横になる名前。青年は恐る恐る飲み物を差し出した。


「で?続きは?君を警察に突き出しちゃいけない理由と」


「俺の父さんは多分、爆弾魔で。今流行りの…。それで明後日、大規模な犯行を計画してるみたいなんだ」


「証拠は?」


「これが父さんの隠し部屋に…それに、俺は昔から父さんに作り方教えてもらってたんだ。見ればすぐにわかる」


 出された地図には今までの犯行場所と同じ場所に丸がついていた。そして下には大きく明後日の日付が書かれてある。


「親子で趣味が爆弾作りなんだ。とりあえずそれを警察に持ってけば?」


「…父さんだからどうしても行けなかった。それに、今更行っても遅い。迷惑かけたのは分かってる。父さんを止めてから自首するつもりだったんだホントに。良ければ…助けてくれないかな」


「親父さんはどんな人なの」


「○×会社って知ってるか?あそこの創業者」


 有名企業の名。


「知らない」


 が、興味の無い名前はばっさりとそれを切る。


「昔もやってたって言ってたね。どうやってもみ消したの」


「父さんの親父、俺の祖父が有名な裁判官で」


「なーるほど」


 それを聞いて気付いた。なぜ、名前が犯人のまま半ば強引に捜査が進んでいるか。そう考えると今回、彼に会えたのはラッキーだった。爆竹遊びなんて言いながら本当は爆弾だったのだろう。違う内容に変えられていてもおかしく無かったことを考えると、犯人の目星がつけられたのは本当の偶然だ。名前はずずっとジュースを吸うと青年にチラッと目を向けた。


「君の親父さん、君がコソコソ動いてるの知ってると思うよ」


「は!?」


「証拠も消さない君がなんで今まで捕まんなかったと思う?個性ありきの世界なんだから変身の個性の可能性ぐらい想像できるのに。しかも、君はしょぼくても過去に罰金処分受けてる。実行犯じゃなくても普通なら今頃、捕まってるよ」


「多分、捜査員の何人か丸め込んで私が犯人ってのを強引にでも押し進めたんだろうね。証拠があれば誰もそれを疑わない。それが君を守るためか、時間稼ぎかは分かんないけど」


「…だから名前さんが」


「そーだと思うよ」


「本当にごめん」


「もーいいって。とっとと爆弾の場所教えて」


「えっとそれが…残りの犯行場所が書いてある地図は多分、父さんが持ってて。あの人は几帳面だしタスク主義だから絶対あるとは思うんだけど」


「じゃあ取りに行こうか」


「えっ」


「腹ごしらえが先ね」


 その翌日、連休が始まって4日を迎えた日、名前と1人の青年はガラス張りのビルの前に立っていた。白いツナギに帽子、サングラスが日光に反射して光る。


「ゴミからネズミまで」


「どんなものでも綺麗さっぱり」


「「なんでもバスターズでーす」」


「なんでもいいから早くしてくれ」


 「うーす」っと警備員に返事をして中に入っていく2人。最新のビルらしく、汚れもなければ害虫や害獣がいそうにも無い。青年は首を傾げる。


「こんなとこにネズミなんていんのか?」


「ん?居ないよ」


「じゃあなんで」


「昨日の夜、警備員のふりして忍び込んで何匹か放しといた。で、適当に作った宣伝紙を机の上に」


「……あのさ、聞いてなかったんだけどどうやって警察から逃げたんだ?」


「色々として?」


 警察じゃ無いとは言わず適当に誤魔化す名前。


「なんかの罪になるんじゃ…もしやコレも!?」


「父親のこと知ってて隠してた事はなるかもね。コレはまぁ、捜査活動だし。逃げ出すときにちょろっと…いや、いくつかはやってるだろうけど、こっちは冤罪で捕まえられたんだからお願いしたら許してくれるでしょ」


「それって強請りじゃ…」


「張り切っていくよー。君の親父さんの部屋はどーこだ」


「えっと、最上階の筈」


 堂々と正面から入り、最上階へと向かう。


「じゃあ、捜査は君が。私は見張りしとくよ。人が来たらドア叩くから」


「げっ!!無理無理」


「だって君のお父さんの事、私知らないし。どこに隠してるかなんて検討もつかない。見つけたら写真撮って戻ってきてね」


「うう、分かった」


 名前は廊下で音楽を聴きながら待ち、青年は社長室の中へ。


「痕跡残しちゃダメだよ」


「分かってます!」


 ガサゴソと名前の背後にある薄黒いガラスの奥で動く青年。しばらくするとチンッとエレベーターの到着音がした。が、フロアは広い。ここに来るかは分からないため少し待つ。足音は此方ではなく反対へと進んでいった。


「早くねー」


「見つかんねぇ!!」


 またエレベーターが到着した。コツコツと高い革靴が冷たい石の廊下を踏みしめる音がする。先程とは違い、音は此方へと進んでいた。徐々に音が大きくなる。


「……」


 速攻で気絶させるか、と名前が構えた時、青年が声を上げた。


「…あ!あった!!!うおっ、」


 慌てて外に出てきた青年を清掃用の大きなゴミ箱に詰め、帽子を深く被り歩き出す名前。


「おつかれー」


「……」


 すれ違った年配の男は、少し青年に似ている。男は軽々しい挨拶をした名前を不機嫌そうに見下ろし、部屋へと入って行った。


「さ、出よ」


 意気揚々と窓に目をやった瞬間、外に赤い羽が見えた。ような気がした。青年の入った箱を叩く。


「どうした?」


「…このまま真っ直ぐ堂々と外に出てね。下で車のエンジンかけてて」


「え?一緒に行かない感じ?」


「先に行ってて」


 青年を見送って、結んでいた髪を解き、形を整えるよう、くしゃくしゃと手でかく。そして日除けにツナギのチャックを口元まで上げると窓枠に足をかけた。


「とーう」


 流石に最上階から落ちれば名前も無事では済まない。ビュンビュンと景色が上へと過ぎていく。目玉、乾きそうだなと瞑った時、ふわっと体が浮き、力強く抱きしめられた。


「おっと」


「ホークス」


 腰に両腕が回り、緩く抱かれる。スピードは緩やかになったものの、未だ落ちていく2人。


「天使が落ちてきたのかと思いました」


「ははっ、なにそれ」


「ね、顔見せて」


「イヤ」


 へらへらと笑顔を浮かべ、片方の腕を腰に回したまま、口元まで覆われたツナギのチャックをジリジリと下ろすホークス。名前はそれを止めるように顔を振るとホークスの指に恋人同士がするように自分のを絡めた。それにより互いの動きが制される。


「わざわざ捕まえに来たの?」


「そのつもりだったけど、俺が捕まっちゃったね」


「よく言うよ」


「ハハ、それに言ったでしょ。俺が解決するって」


 公安から抜け出した時、“俺が解決するから大人しく待ってて”、と言っていたホークス。捕まえに来たのも本当だろうが、解決するというのも本気なのだろう。つまり、ここにいるのは名前の拘束と、何かしらきな臭いものを感じたからというわけだ。名前は絡めた指に力を込めた。


「だから大人しく檻の中でパンダしてろって?」


「パンダな名前ちゃんも可愛いと思うけどなぁー。それに、君は目立っちゃうから俺、心配なんです」


 なぜホークスが公安にいたのか。分からない訳ではない。何となくだが察しはつく。目立っちゃうの意味も。それに対して何かを言う気も興味もない名前。公安に目をつけられるから動かないでと言外に伝えるホークスに名前は自分でチャックを下ろした。ニッと上がる口元。ホークスは晒された首元を太陽から隠すように手で撫でた。


「心配どーも。でも大丈夫。首輪を着けるかどうかも、どれを着けるかも自分で選ぶ」


「もーー、強情。で、話変わりますけど爆弾、ホントに君じゃないよね?」


「は?」


「イヤ、念のため念のため!冗談です!」


 低くなる名前の声色にホークスが慌てて訂正する。名前はジャッともう一度口元を隠した。


「顔隠さんでー」


 地面が徐々に近くなる。名前はホークスの首元に顔を寄せた。「ぐすっ」と鼻を啜る音がホークスの耳に入り、腰を支える手が揺れる。それどころか、何があっても反撃できるように臨戦態勢だった羽も、体勢も、崩れた。


「えっ、ごめんごめんね名前ちゃん」


「うう、私の事…信じてなかったんだ」


「信じとるよ!?やけん泣かんで」


 顔を上げた名前の目からポロリと涙が溢れる。ホークスは自分の羽根をバサバサとはためかせながらその涙を指で拭った。


「うーー、泣かんでネコちゃん。ごめんね、信じとらんわけじゃなかばい。聞いてみただけで」


「じゃあ何で捕まえるの?」


「君は疑われてるから、一応目の届く範囲にいてくれないと」


「信じてない…」


 名前はもう一度、ホークスに頭を寄せた。ぐすぐすと鳴る鼻の音に心臓が搾り取られるような感覚になりながらもホークスは形の良い名前の後頭部を優しく撫でた。


「もちろん信じとるよ。やけん困らせんで。君のそんな顔見たらどげんしたらいいか分からんくなる」


「そのまま信じててね」


 顔を上げた名前はケロッとしていた。涙どころか悲しんだ顔すらしてない。笑顔である。


「わーお、可愛い笑顔」


 そう言った瞬間、ホークスの視界は一回転した。地面に背負い投げで転がされ、名前は走り出す。ホークスは咄嗟に受け身を取ったものの精神的に何らかの傷を負ったような気がした。


「ネ、コちゃんそれはズルくない…?タチの悪いハニトラに引っかかった気分」


「私がほんとに泣くと思ったの?」


「だから言ったでしょ。俺はキミのこと信じてるんだって」


「嘘泣きも信じちゃうくらい?じゃーね、また連絡する」


 当の本人はニコニコと笑顔で走り去っていく。ホークスはため息をついて片手を上げた。


「待ってまーす」


 座り込んだまま頭をかく。そう言いながらも、ホークスに逃がす気はなく、車に乗り込んだ名前を追いかけようと立ち上がり、服の土埃を払った。



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