ホークスが名前と公安を繋げたくなかった理由、それは相性の悪さ。だが、それだけじゃない。
「(問題は相性の”良さ”なんだよな……)」
名前は公安を好きにはならないだろうが、彼女の能力は公安の表沙汰には出来ない仕事と良くハマる。個性因子に影響するものは全て効かない為に無個性はある種の強みになるだろうし、敵の排除に加えて隠密もできる。言うなればグレーな部分が丁度良く彼女とハマる気がするのである。
自由気ままな性格がネックだが、それを補って余りある彼女の有能さだ。気付かれたくはない。
「(汚れるのは自分だけで良い)」
例え、彼女が汚れることを厭わない人だとしても。文字通り、真っ白に汚れたホークスがため息を吐きながら己の服を払う。
「被害は」
「窓が何枚か。それと…、幾つかのデータが引き抜かれていました。逃げ出してはいなかったようで」
「子供だと思って侮っていたわね。エンデヴァーのお墨付きは伊達じゃなかったよう。ホークス、貴方知っていたでしょう。手解きでもしたの?」
「いえいえ、俺は何にも」
これは……困ったことになった。
「連れ戻しなさい。メディアにも見つからないように」
「もちろん」
不本意ながらもこの瞬間、ホークスと名前は対立することとなった。
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「うえ」
バシャバシャと温い水の張る臭く、薄暗い地下を歩く。
「あっつ」
温水によって充満する熱気の中、地上を思い出しながらなんとなくの方向を進んでいけば、壁に上へと向かうハシゴが現れた。そこを登り、マンホールをずらして顔を出す。そこは連れてこられた時に一瞬見かけた駅の近くだった。
顔や名前は出ていないようだから電車に乗る分には問題ないが、うかうかしてるとホークスが来る。一目につく場所での戦闘の可能性は避けるべきだろう。となれば手段は一つ。
「……走るか」
思った以上に充実した休日になりそう。私は少しワクワクしていた。
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少女爆弾魔が世間を騒がせて早2日。街から少し外れた化学工場ではコソコソとする人影があった。
「コレは…こうか?いや、こっちだな」
「みーつーけーたー」
「うおっ!!」
突然、背後から上がった声にその人物の手元の箱がころりと手から抜け落ちる。
「ダァぁぁぁぁ!!!!」
間一髪。なんとか持ち直したその怪しげな人物は、怒りを露わに声へと向き直った。
「何すんだよ!!危ねぇだろ!」
「何すんだはこっちのセリフだけど?」
いい匂いだ。頭に浮かんだそれに一瞬警戒が緩む。だが、次の瞬間、眼前、すぐ目の前に垂れた長い髪と覗く瞳にその人物はハッとした。同時に疑問が駆け巡る。
「う、え?あ、夜野名前?えっ、」
「なんだ。名前知ってたの」
名前は腰に手を当てると、前屈みにしていた姿勢を正し、目の前の人物、自分と同じ顔をした誰かに視線を上から下まで動かした。声は男のものだが、その姿形はよく似ている。
コイツが……。
口を開け、目をパチクリと「ホンモノ……?」と呟く自分。なんとまぁ間抜けなことか。名前は目を少し細め、ニセモノを見下ろした。
「ホンモノ」
「す、」
「す?」
「スイマセンデシタァァ!!!」
ズシャァと沈み込み、渾身の土下座をする自分。そしてニセの自分はそのままの姿勢で両手を差し出した。
「何この手」
「烏滸がましいっすけど握手を…」
「は??」
何が何やら分からないがとりあえず手を差し出してみる名前。するとニセモノは嬉々として一度ぶんっと握手を交わすと姿勢を改めた。
「あの…捕まってたんじゃ…」
「アンタのせいでね」
「マジでスイマセン」
ニセモノの視線が外を向く。
「で、それが爆弾?アンタを突き出せばもう終わり?」
手元の箱に名前が視線を落とす。ニセの自分はしどろもどろ答えた。
「いや、コレは爆弾なんすけどもう時間がないっていうか…、できたら突き出さないで頂けたらなと」
「は?」
ニセモノは覚悟したような顔をすると改まって頭を下げた。
「この爆弾…俺のじゃなくて、幾つかは俺のなんですけど全部じゃないというか…」
「よく分からん。はっきり言って」
「多分…俺の親父が仕掛けて…俺は解除しようとしてたというか」
ニセモノはそう言って箱を抱きしめる手に力を込めた。
「今までのは」
「間に合わなかったのと単純に解除が出来ず…」
「私の姿でした理由は」
「…捕まりたくなかっていうのと、俺、その時1番興味のある人にしか変身できなくて…」
「興味のある人?」
「だから…」
ニセモノはゴニョゴニョと「体育祭見てからファンデス…」と続けた。
「アンチよそれは」
そんな会話の間も箱の中身は時を刻み続ける。それにハッと気付いたニセモノは慌ててそれを地面に置いた。
「ちょ、まずコレどうにかしねーと!!!また失敗ダァ!!!」
頭を抱え、自分の姿で叫び声を上げるニセモノ。
「全く。そのナリで無様なマネしないで」
名前は仕方ないとため息を吐くと、地面のそれをガシッと片手で鷲掴んだ。
「ヤバイヤバイヤバイ後1分!!」
「耳塞いで口開いて地面に伏せる」
「ハイィィ!!!」
言われた通り地面に縮こまるニセモノ。名前はそれを確認すると工場の天井近くへのパイプまで跳び上がった。そしてパイプを掴み、回転して天井を突き抜け、空中へ。カチカチという音はもういつ爆発してもおかしく無いほど速い。
「うりゃ」
軽い掛け声と共に手元から放たれた箱がさらに空中高く舞い上がる。名前は目元に手を当て、箱を見上げた。
「3…2…1…Bam」
声と同時に爆弾が破裂し、煙に包まれた炎が上がる。
「ターマーヤー」
「ヒィッ!!」
スタッ、という着地音にニセモノの肩が大きく跳ねる。ニセモノはゆっくりと瞼を開け、名前を見上げた。
「さ、爆弾はこれで終わり。とっととここから逃げるよ。すぐにヒーローが来る。話は後で聞いてあげるから立って」
「ハイ…!!」
ニセモノが歩き出し、自分の姿が徐々に変化していく。そうして一人の青年が現れた。
「あの、俺の家でいいですか…」
「どこでもいい」
「じゃあ案内するんでコレに乗ってもらって…」
そうして、案内されたのは紺色のオープンカー。いつの間に装着したのか青年はちゃっかりサングラスを掛け、扉に体をもたれかけている。
「(イラァ)」
なんだコイツ。なんか腹立つな。
「いい車っしょ」
ひく、と名前の口元が引くつく。このボンボンが高級車で爆弾回収をし回った為に自分が身代わりとして捕まったと。名前は微笑を浮かべながら普通よりも重い扉を開けた。
バキャッ
「あ、ごめん。外れた」
プラーンと外れたドアを持ち上げ、わざとらしく口元に手を当てる名前。
「ああああああ!!何してくれてんの!!?」
「脆いから」
ポイ。その辺に放り捨てられたドアに駆け寄る青年を気にも止めず、さっさと出せ、とばかりに足を組む名前を青年は涙目で見上げた。
「ぐっ、修理にいくらかかると思って…」
でも力が強いから仕方ないのかも…。ファンゆえに個性は知っているのだ。きっと故意じゃない。ホロリと溢れる涙を拭い、飛んでいく札束に青年が脳内で別れを告げた時、「チッ」と舌打ちが聞こえた。
「10円玉でも持ってくればよかった」
前言撤回。悪意100パーセントである。
「何する気ですか!!?やめてー!!車体傷付けないでー!!あーー…どうしよこれ」
車体を撫でる青年にちらりと目をやる名前。謝罪でもされるのかな……。青年の心に期待が湧く。
「それまだ続く?巻で頼むね」
無情である。
「鬼!!!」
「天人だよ」
泣きながら車へと乗り込む青年と、ケッと吐き捨てる名前。そうして2人を乗せた紺のオープンカーはその場を後にした。
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