ホークスを投げ飛ばし、オープンしていないオープンカーへと乗り込んだ名前。


「ごーごー」


 気の抜けた進めの言葉と共に先に乗っていた青年がアクセルを踏み込む。エンジンの良い車はすぐにスピードに乗った。


「さっきのホークス!?捕まえに来たとか!?」


「そー。だから早よ」


 ゴンッとダッシュボードを蹴る名前に合わせ、慌てながら青年が更にアクセルを踏み込む。


「失礼」


 ふと背後から感じた気配に名前は青年の掴むハンドルに横から手を伸ばすとぐいっと奥へと押した。大きく右に動く車体、と同時に先程まで車のいた場所を炎が通った。


「貴様ァァ!!!俺のインターン生としての自覚があるのか!!ヒーロー候補生が爆弾魔など許されるわけが無かろう!!逃げるんじゃない!!!!」


 暑苦しい声が飛んでくる。後ろを振り向いた名前の視線の先には烈火の如く怒るエンデヴァーがいた。


「何でいんの」


「呼んでおきました」


 そして正面にホークスが現れる。前門の虎、後門の龍とも言うべき状況に青年の肩が縮まる。


「な、な、な、No.2にNo. 1!?終わった…死んだ。もうダメだ」


「何言ってんの。こんな機会そうそうないよー。むしろ燃えるでしょ。ほら、ハンドル切って」


 ぐいと今度は手前に引かれるハンドル。先ほどまで車の走っていた位置を炎が通る。青年の額に大量の汗が滲んだ。


「マジで燃やされる!!!」


「大人しく捕まって名前ちゃん。”剛翼”!!!」


「うおっ!」


 青年が急遽ハンドルを切る。それにより、車体をホークスの放った翼が窓を破り、中へと降り注いだ。本来であれば威嚇程度の攻撃。ホークスには決定的な攻撃の意思など無かった。だが、突然の動きはホークスの予想外の動きをした。


 ハラリ。


 切れた髪が落ち、名前の頬に一筋赤い線が走る。


「「「あ”っ」」」


 瞬時に分かった男3人から上がるヤバイの声。


「いや、ちょっ、違う違う。手が、じゃなくて翼が滑って」


「……」


 両手をアワアワと振るホークス。名前は頬に手を当て、自身の血を確認すると表情から微笑みを消した。


「わざとじゃないんで!!」


「全速前進。アクセル踏み切れ」


「引く気満々じゃないですか!!」


「引け」


 言い切った名前。だがそれでも躊躇する青年の足を上からダンっと踏んだ。


「どわっ」


 突っ込んできた車を咄嗟に避けたホークス。背後からはエンデヴァーの炎が迫っている。


「どうします!!?」


 青年が隣を向く。そして唖然とした。狭い車内で立ち上がった名前が肩を天井につけ、上へと押しているではないか。天井はミシミシと鉄が軋む音を立てていた。


「待って名前さん!!!オープンカーだから!!オープンできるから!!」


「らぁっ!!」


 青年の声も虚しく、バキィッという音と共に車の中から空が覗く。名前は外した天井を盾のように持つとエンデヴァーの炎に向けた。

 そうして炎を受け止めた鉄が次第に熱を持ち始める。そして名前はそれをブーメランのようにエンデヴァーへと投げつけた。


「次右!!」


「無理無理狭すぎるって!」


「早よ行け」


 ハンドルを無理やり切り、細道へと突き進む。車体は壁に擦られ凹み、サイドミラーはどこかへと消えた。エンデヴァーの炎は基本的に真っ直ぐに飛ぶ。当たる前に角を曲がり、更に更に細い道へと突き進んでいく。


「この先は何にもないって!!」


「あるよ」


「待たんか名前!!!!」


「エンデヴァーさんもそこじゃ形なしだよ」


 エンデヴァーの炎が迫る。あともうほんの数センチで炎が車体に当たる、その瞬間、車がホークスとエンデヴァーの目の前から消えた。そして同時に水飛沫が上がる。


「海か」


 2人の前には海が広がっていた。


「まー、泳がしておきましょうか。何か知ってるみたいでしたし、遠くに逃亡することは無いと思いますよ」


 水面に一度浮かんだ車が沈んでいく。だが、2人の姿はそこには無かった。

 
    ーーーーーーーーーーーーーー


 一方の名前。青年を担いで梅雨ちゃん直伝の平泳ぎを駆使しながら用水路へと逃げ込んでいた。


「この連休で映画一本撮れそうネ」


「お、俺の愛車が…名前チャン安らかにな…」


 水路で膝を着き、水中へと手を伸ばす青年。


「私の名前付けてるの?ちょっと怖い」


 名前は片方の眉を怪訝そうに曲げた。


「ぐっ、本人から言われると傷つく」


「さっきはハラハラしたねー。映画じゃアレがクライマックスだろうね。後は爆弾撤去して、君の親父さんをぶっ飛ばせば終わりだ」


「結構量あったけど、協力してくれる人なんているの?」


「多分ね。アレ出して」


 青年が取り出したのは事前に渡されていた録音機と地図。携帯は位置が割り出されるからと持ってきていない。名前に至っては公安に取られたままだ。びしょ濡れになった地図を開き、青年の得た爆弾の座標を確認する。名前はその緯度と経度を録音すると青年を置いて、近場の公衆電話へと向かった。


『…誰だ』


 うろ覚えの連絡先から流れた低い男性の声。名前はただ黙って受話器の手前に録音機を置き、中身を流した。


『もう一度』


 少しの沈黙後、ペンの走る音がする。


『オマエ、遊んでないでとっとと帰ってこい』


 それに返事をするように名前は爪で受話器を引っ掻いた。


『ここは調べておく』


 ツーツー、と受話器から音が流れる。それを聞き、名前は公衆電話を後にした。


「シャワー浴びたい」


 海水に濡れ、絡まる髪が不快だ。すぐにでもお風呂に入りたい。そろそろこの騒動を終わらせて。そんな飽き始めた名前に合わせるよう、事態は思うよりも早い展開を見せた。


「さ、コレで爆弾は終わり。じゃあどうする?親父さん潰しに行く?私、明後日から学校だから明日はゆっくりしたいんだよね」


「呑気っすね。いや…多分まだ終わってない。父さんはこんなんじゃ諦めない」


「その通り」


 どこからか現れた声。それは会社で会った青年によく似た男だった。「嘘だ、」と声を漏らした青年の言葉で名前は男が青年の父親だとすぐにわかった。


「君、盗聴器かGPSでもつけられてたんじゃない?」


 青年が自身の体を隈無く探す。するとポケットから小さな機械がコロリと落ちた。


「そのどちらもだよ」


「父さん…なぜ、こんな事を…?」


 青年は唖然としながら父へと尋ねる。


「理由がいるか?理由があってどうなる?そうすれば理解ができるか?安心するのか?そんな訳もあるまいが、そうだなぁ…強いて言うなら引退祝いかなぁ」


「引退祝い…?」


「父さん、引退するんだ。還暦祝いにパーッと花火を上げたくてね。ただ、それだけさ。君たちに止められて残念だよ。爆弾は遠隔式にしようかとも思ったけど、それじゃあ快楽犯と同じだろ?日付は守らなきゃ。だから回収されればそれで終わり。良くやったね」


 その程度のものだとでも言うような言い方だった。その人を小馬鹿にしたような話し方に名前が「うえ」っと舌をだす。とっとと終わらせてしまおう。そう名前が考えた時、後ろで大きく汽笛が鳴った。振り向けば、大きな貨物船が自分たちのいる岸へと向かってきているのが見える。


「はっ!?何だよあれ!!」


「でも、それじゃあ味気ないような気もしないかい?前日に祭りがあってもいいよね。だから、プレゼントを用意したよ。あの船には火薬がわんさか載っている。それが化学薬品やらが残った工場にぶつかればどうなる?派手な花火はまだ残ってるんだよ」


「(めんどくせーーーー)」


 名前はストレッチするように首を回すとふぁと欠伸をした。


「止めれるものならどうぞ。君には助けも来ない。何故、さっきエンデヴァーやホークスが私の会社にいたと思う?犯行声明を君の名前で出しておいたんだ。私の会社を襲うってね。君にヒーローの助けはない」


「なるほど」


 息子と行動しているのを知り、先手を打って自分を被害者にした、と。名前はツンツンと青年の腕を突いた。


「息子―、親父さん止めててよー」


「俺には無理ですよ!!!ていうかあれ!ど、どうするんすか!!?」


 青年が距離を縮めてくる船を指差す。


「そりゃあ、アレどうにかして止めなきゃね」


 船の衝突までもう間もなく。名前はゆっくりと両手を前に突き出した。ゴゴゴゴゴと音を立て、近付く船。その手に船底が触れ、瞬間、名前はぐんっと力を込めた。


「おっも…!」


 船は止まる事なく岸を抉り、陸に乗り上げる。だがスピードは少しずつ落ちていた。


「ぐあぁぁ!!」


 背後で青年の呻き声が上がる。ちらりと横目で見るとその腕から血が流れているのが見えた。そして、その近くにいる父親の手には一丁の拳銃が。父親が青年を撃ったのは明白だった。そして、その銃口がゆっくりと名前へと向く。


「次は君だ。残念だったね」


 バンッと発射音。だがエイムというのは難しく、訓練しなければ狙った場所には当たらない。弾は名前のすぐ側を通り過ぎた。


「……チッ」


 船を止める事で忙しい今、背後の父親を相手にすることは難しい。名前は父親を無視し、さらに力を込めた。


「難しいね」


 何発もの弾が撃ち込まれる。そのうちの一発が耳を掠った。


「次は当てられそうだよ」


 徐々に遅くなる船。だが、まだ止まらない。名前は足を更に踏み込んだ。


「そういえば…私に助けは来ないって?残念だったね」


 船の輪郭から鳥が飛ぶ。太陽を背に翼を広げた鳥は、地面に影を落とした。


「”剛翼”!!」   


「なっ」


 赤い羽が父親へと襲いかかる。拳銃を持っただけの父親になす術はない。彼は驚くほど、呆気なく確保された。


「ふんっ!!!」


 その間に名前が更に力を込める。


 ズシィーーーン


 船は工場の手前でゆっくりと動きを止めた。


「なるほど」


 父親の目には脚を伸ばした名前を背後から抱き上げるホークスと、そのホークスの頭にこちらを見つめながら両手を添える名前が映っている。まるで、アモルのキスで目覚めるプシュケの像だなと父親は思った。そして気付く。


「そうか…君達は以前から交流があったんだね。つまり、最初から疑われてたのは僕だったのか」


 ホークスが疑っていたのはこの父親だった。名前の名で犯行声明が来たと連絡が来た時から、いや、名前が引き抜いたデータを見た時から。


「元より名前ちゃんがやったとは思ってなかったんで。ただ、名前ちゃんの立場がどんどん悪くなってくんで捕まえる気だったのは本当でしたよ」


「ムカついた」


「ごめんね」


 ぎゅううと力を込め抱きしめるホークスから顔を背ける名前。


「ベタベタしないで」


「……なるほど。僕の完敗だ。楽しんでいただけたかな?」


「楽しかったよ。暇な連休がなかなか刺激的になって」


 すりすりと頬擦りするホークスを名前が手で押しのける。画して、連続爆弾魔事件はあっさりと幕を閉じた。


「名前さん、ありがとうございました。本当に。あの…俺、これからも君のファンでいて良い…っすか?」


「勝手にしたら」


「最後にもう一回、握手を…」


「はいはい」


 差し出した手をがっしり掴み握手を交わした青年。ホークスは笑顔で横から割り込むと「俺ともしておきますか?」と青年の手を握りぎゅっと握った。


「いててててっ!!」


「あ、すいません」


「いや、良いっすけど。絶対思ってないですよね。じゃ、じゃあ名前さん、また」


「またねー」


 ひらひらと手を振る名前。ホークスは背後から近づくと羽で頬に走る赤い線を撫でた。


「擦り傷になっとる」


 頭を軽く振り、それを退ける。


「しかも誰かさんに髪の毛切られた」


「スミマセンデシタ。美容院行きましょうか。連れていくよ」


「温泉がいい」


「ハイ」


 ポチポチとスマホをいじったホークスの画面に予約完了の文字が映る。


「説明もよろしくね」


「学校、公安、警察、もちろんエンデヴァーさんにも説明しておきました。君がくれた情報で他の爆弾も撤去済み。君のちょっとしたオイタも全部無かったことになるそうです。後日、聴取はありますけど、冤罪ってことで扱いは大分、丁寧になると思いますよ。アイツと繋がってた上層部も既に判明してるんで事件は解決ですね。だから……許してくれます?」


 ホークスは手を合わせ、謝罪を述べた。


「んー、しょーがないなぁ。いいよ」


 相澤だけでなく、ホークスにも情報を送っておいた名前。人知れず名前の要望を察し、行動していたホークスの頭を褒めるようにわしゃっと撫でた。だが、とはいえ、冤罪で捕まったのだ。ちょっとした犯罪を揉み消されたところでこちらの方が貸しは大きい。


「(公安にはいつか何かしらで借りを返してもらおう)」


 そんなことを考えながら、名前はホークスの開いた傘の下に入った。


「帽子だけじゃ怖かったでしょ」


「まぁね。髪の毛ベタベタだし、何でもいいから早く行こ」


「え?」


 ホークスは何の話です?と首を傾げた。


「休みじゃないの?」


「どうして?」


 当然、自分は行かないつもりで予約をしたホークスにはピンと来ず、立ち止まる。


「温泉行くんでしょ?」


「有給取りました」 


 振り返った名前の後ろを羽をパタパタと羽ばたかせ、付いていくホークスは嬉しそうに笑っている。name#はなかなかいい休日になったとホークスにつられ、笑った。


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