「これどう?」


「い、いいんじゃないかな…」


 何故か、俺は今、あれだけ話す勇気が出ないと思っていたヤト……いや、名前さんの買い物に同行していた。


「いや、こっちにしよ」


「それもいいと思う…」


「これも?」


「う、うん」


「ふふっ」


 今のは正直、変だった気もするけど。緊張感が最大の俺は肯定しかできない。でも、やっぱり変だったかもしれない。俺を揶揄っただけだったかも。こんな感じで、終始、名前さんのペースだ。俺は無言の気まずさなんて考えたくないあまりに、求められてもいない返事を返して、彼女はそんな俺の的外れにも近い言葉を気にせず、自然体のまま言葉を投げかけてくる。


「エリちゃんのは買えた。後は、あの子のだね」


「えっと、あの子って」


「雨の日になると学校の前に来る子。名前は知らないの」


「えぇ……?」


 前に彼女と一緒にいた子は身内では無かったのか。天喰はおずおずと尋ねた。


「き、君に会いに来てるの?」


「違うよ。お母さんにそこで待ってろって言われるんだってさ」


「それって……」


 何か変なんじゃ……。そう言おうとした俺を遮るように彼女が振り返った。


「しー」


「でもっ、」


 自分の口元に指を当て、内緒、とでも言うような仕草で俺を見る。


「私との秘密にしておいて」


「そんな訳には…」


 俺は、ヒーローだ。彼女もその筈だ。どう考えても普通の状況じゃないその子を放っておく訳にはいかない。そんな俺の心情を察したのか、彼女はゆるく首を振った。


「ヒーローはさ、良い人すぎるんだよ。今はその時じゃない」


「君もヒーローじゃないのか」


「さ、この話は終わり」


「……」


 名前も知らない子供だというのに、まるでその先が見ているような。俺はやっぱり彼女が怖かった。


「私が信じられない?いいよ、信じなくても。秘密を強制する気もない」


 俺の表情を読んだ彼女が手元の商品の値段を見ながら言う。


「……俺が誰かに言ったとしたら」


「何もしないよ。私、あなたの事好きだし」


「すっ!?」


 突然の言葉に目を見開く俺に彼女はいたずらっ子のように、にっと笑った。


「ヒーローとしてね」


「ヒーローとして……」


 そうだろう。なんせ、碌に喋ったこともないんだから。己の勘違いが恥ずかしい。穴があったら入りたい。あまりの恥ずかしさに頭を抱えようと手を上げた時、彼女が俺の腕を取った。


「あれもいいね。さ、早く」


「う、うん」


 あ、手……。始終困惑しっぱなしの俺を連れ、彼女はどんどん進んでいった。


「ん、コレにしよう」


 買い物は本当についでだったのだろう。気づけば彼女は俺が悩んでいる間にさっさと会計を済ませ、手に一つの袋を持ったまま戻ってきた。俺に合わせているときっといつまでも終わらなかっただろうから当然だ。


「天喰さん、何か食べたいものある?」


「えっ!いや、俺は何でも」


「じゃあ、タコ焼きにしようか。よく食べてるんでしょ」


 「切島が教えてくれたの」と彼女は笑って言った。


「レッドライオットが……」


「持ち帰りでいい?」


「い、いいです」


「買ってくるね」


「えっ!?いや、俺も、」


「今日のお礼。気にしないで」


 そう言われれば断ることはできない。俺が買いに行くよ、と続けようとした言葉を止める。


「そんな訳には、俺何もしてないし…」


「まぁ、まだ用事あるから。待ってて」


「ちょ、」


 彼女はそう言うとまた颯爽とどこかへと行ってしまった。マイペースだ……。しばらくした後、戻ってきた彼女の両手は大量のたこ焼きでいっぱいだった。


「……た、たくさん食べるんだね」


「まーね」


 彼女のどこにそれが入っていくんだろう……。彼女はその体に似合わず大食いらしい。


「幾つにする?」


「えっと、じゃあこれ」


「天喰さんも結構食べるんでしょ?」


「個性が食に関するものだから……」


「ふーん」


 淡白な返事に天喰の肩が跳ねる。理由になってないだろ。それに俺はなんて面白みのない返事を……!こう言う時、ミリオならきっと上手く話を続けていたに違いない。悶々とした思考に落ちていく。すると「ふふっ」っと小さく笑う声がした。


「天喰さん。私のこと怖い?」

 顔を上げれば、微笑んだ彼女が俺のことを見ていた。放った言葉に似合わず、その表情は明るい。


「え……」


「だって、ずっと私に気を使ってる」


「そんなこと…」


「大丈夫。慣れてるし」


 怖がられる事に慣れている。ハッとした。俺は、なんて失礼なことをしていたんだろう。怖がられて嬉しい人なんていない。ただ悲しいだけじゃないか。俺は咄嗟に足を止め、彼女の腕を掴んだ。


「……ごめん、名前さん。俺はたしかに君が怖かった」


「うん」


「で、でも、君と、ずっと話してみたくて…」


「うん」


「だ、だから、あの、今日誘ってもらえて嬉しいんだ」


「うん」


「多分、君の事を知らないから怖いんだと思う……だから、知っていけたらって思って」


「私のこと、もっと知りたいってこと?」
 

 彼女が改めて言葉にする。お、俺は、なんてことを口走って。そうだけど、そうじゃなくて。いや、そうなんだけど。ほぼ初会話の男からそんな告白まがいな事を聞かされて、気持ち悪いにも程がある。サァーと顔から血の気が引いた。


「君って、赤くなったり青くなったり忙しいね」


「ご、ごめん」


「ふはっ、要するに友人になりたいって事でしょ?ミリオさんから聞いてるよ」


「えっ!!?い、いや、友人じゃなくても…君が嫌なら知り合い程度でも、いや、顔見知り程度でも…」


「なんか慎重だねぇ。ふふ、もっと大胆にいこうよ」


 彼女はそう言うと俺の手を取って一歩大きく足を前に出した。


「とりあえず……2人で遊園地でも行ってみる?」


「心臓が潰れる…!」


「あー、そういえばノミの心臓だったね。じゃあ美術館は?」


「ぐっ」

 
 2人でなんて正直、どこも無理だ。ミリオ、助けてくれ。俺の心情を察したのか彼女はからっと笑った。


「じょーだんだよ。まだ早いでしょ?」


「き、君は……。何ていうか大胆だね…」


 つい出た言葉に彼女が不思議そうな顔をする。しまった。もしかして、悪口に聞こえただろうか。


「い、いや。別に悪く言うつもりじゃなくて」


 焦る俺を他所に、彼女は気にしてないような、いつも通りの顔で笑った。


「あなたも、でしょ」



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