「はい。この人、タコの人」


「タコの人です……」


「タコの人…?」


 雨の中、いつものように立っていた子供の前に天喰を差し出す名前。


「タコ。見たかったんだよね?」


「タコじゃないじゃん」


「タコだよ」


 子供と名前の間に立つ天喰はハッとした。


「もしかして用ってそれだった…?」


「うん」


 もしかして、タコ焼きくれたのって……。自分の為ではなく、このための布石だったような気はしなくもないが、気を取り直し、片手を出す。


「じゃ、じゃあ」


 手がウニョウニョとうねり、蛸足に変わる。途端、訝しんでいた子供の顔が明るくなった。


「タコ……」


「そ。タコ」


「タコです……」


 子供の伸ばした手が蛸足に触れる。


「吸盤もある……。タコだ!!!!」


 スッゲー!!と蛸足を触り出す子供。タコを嬉しそうにみる子供はなかなかおらず、天喰は嬉しくも少し気恥ずかしい。そうしてしばらく触れさせていると、突然、名前が「あ」と声を上げた。


「そうそう。コレあげる」


「何これ」


「開けてみ」


 包を勢いよく破っていく子供。すると中から小さな取っ手が現れた。


「これって……」


「そ」


 「傘」と言う声に合わせ、子供がそれを持ち上げる。小さな青い傘だった。


「(これを買うために)」


 子供は自分の持っている骨の折れた傘とそれを見比べると取っ手をギュッと握り込んだ。


「……仕方ないから貰ってやる」


「ん」


 子供はそっぽを向いたが、その顔はどこか嬉しそうだった。


「なんか雨弱まったね」


「もうすぐ止むかもしれない」


 他愛もない話で時間を潰す。すると子供が兼ねてから思っていた疑問をぶつけた。


「……ていうか、姉ちゃんこの人誰」


「うっ、ごめん。帰っていいのか分かんなくて……」


 俺のことだ……!子供の視線に天喰は肩を小さく縮こめた。


「私の……友達予定の人みたいな」


「なにそれ」


「さぁ?」


「天喰環です。よろしくね」


「よろしくしない」


 子供のまさかの返答にガーンと落ち込む天喰。名前はその肩にポンっと手を置いた。


「あれ?もう来たんじゃない?」


「あ!ほんとだ!!お母さん!!」


 見慣れた車が停まる。だが、今日の子供は乗り込む前に一度足を止めた。


「……姉ちゃん」


「なに?」


「俺……降井、あめ」


「そ、よろしくね。あめ」


「あの、傘ありがとう。大事にするから」


「じゃーね」


「バイバイ!」


 車に乗り込んだ子供と二人の間を隔てるように扉がバタンと閉まる。名前はひらっと手を振ると自分の傘は開かずに、天喰の傘に身を寄せた。


「今日はありがとう」


「いいんだ。大したこともしてないし……」


「そう?私じゃタコは出せなかったよ」


「それは、個性だからで」


「ふっ、気弱」


「ごめん……」


 不思議だ。天喰が名前を不思議に思うのと同じくらい、名前も天喰が不思議だった。生まれた時から強さを持つ名前は天喰の弱さが分からないのだ。


「どうして謝るの?気弱だから慎重になれる。戦闘じゃ大事な事だよ」


「俺は……いつでも尻込みしない、君の強いところが羨ましいよ」


 言葉にだせば、劣等感に苛まれる。だが、それを軽く吹き飛ばすよう彼女が笑った。


「私もあなたの真似。してみようかな」


「え?」


「いつもより慎重になってみるのもいいかも」


 名前は考えなしでは無い。ただ、多少の無理が力づくで解決するようならその方が手っ取り早い、というだけで。だが、もう少し慎重になっても悪いことはない。名前は天喰を見て、そう思った。


「さ、帰ろ。雨が強くなってきた」


「う、うん。寮まで送るよ」


「ありがと」


 ーーーーーーーーー


「最近、雨多くね」


「毎日降ってんな」


「電車止まったらしいぞ」


 ザァーザァーと強烈な雨が窓を叩く。梅雨とはいえ、連日続く豪雨に人々は若干の不安を抱え始めている。そんな中、名前はここ最近、現れなくなった子供の事を考えていた。あの子供とはここ最近、雨が続くようになってから一度も会っていない。こんなに強い雨じゃそれも仕方ないか。ザァーザァーと降る雨を眺める。すると、授業の始まりを告げるチャイムが鳴り、エクトプラズムが入室した。


「今日ハ、昨日ノ復習カラダ」


 コツ、コツ、と時計が進む。半分ほど授業が終わった頃、名前は一つ欠伸を漏らした。


「ヤオヨロズー、コレってさ…」


 名前の視線が、外に向き、止まった。続かない言葉に振り返ったヤオヨロズが首を傾げる。


「ええ。あの、いかがしましたの名前さん」


「あー、私ちょっと体調悪くなっちゃった」


「え?それは大変ですわ。保健室までご一緒しましょうか?」


「ううん、大丈夫。エクトプラズムさーん、保健室行ってきます」


「ウム」


 荷物をまとめ、肩にかける。廊下に向かう名前は病気とは思えないほど、やけにしっかりした足取りだった。


「戻ッテクル気ハ無イトミタ」


 扉はぴしゃんと音を立てて閉まった。


  ーーーーーーーーー


 雨の中、門に向かって歩く。傘に大粒の雨が当たり、ばちばちと音がする。


「……」


 いつもの場所で足を止める。足元にはあの子供。あめが雨に打たれながら寝そべっていた。


「意識ある?」


 名前はその場でしゃがむとあめの上半身を上げ、自分の足に乗せた。熱があるのか、体からは熱が伝わってくる。


「姉ちゃん…ごめ、ん、ハァハァ、傘、取られた…ごめん…ハァ、せっかくくれたのに」


「いいよ。誰に取られたの」


「……おかあ、さん。でも、…ハァ。あの、黒い人たち、が、ハァ、なぐって、ハァ…連れてって、」


 熱で朦朧としているからなのか、会話に脈絡はない。ずぶ濡れのあめの手足には殴られたような跡があって、靴は履いていなかった。


「……」


 名前はあめを抱えると、職員室へと向かった。


「相澤先生。リカバリーガール呼んで」


「お前、足で開けんな…は?」


 小言ついで、目を向けた相澤の視界にずぶ濡れの名前とその上着を着て抱えられている子供の姿が目に入る。ただ事じゃない。相澤はすぐさま立ち上がった。


「そこに寝かせろ。すぐに呼んでくる」




「疲労だね。怪我は治したけど、熱はしばらくは下がらない。この子の親は?」


「……」


 リカバリーガールの言葉になにも答えない名前。


「親が分からないんじゃ。いつまでもこの子をここには置いておけない。それに、この怪我は人為的なものだ」


「わかってるよ」


「ひとまず警察に連絡するよ」


「それは、ちょっと待って」


「なぜだい」


「……」


「言う気はないのかい」


「まだ分かってないから」


 相澤が名前にタオルを投げ渡した。


「じゃあ何をわかってるんだ」


「父親はいる」


「連絡は取れるのか」


「多分。そっちはこの件には関わってない」


「母親は」


「関わってる」


 その時、眠っていたはずのあめがうっすらと開き、名前のシャツの裾をくいっと引っ張った。


「……姉ちゃん、ごめん、ごめん……傘、ごめん、」


 朦朧としたまま、出せる力で裾を握る指。


「お願い、姉ちゃ、ん…ハァ」


「なに?」


「ごめん……お母さん、助けてあげて、お願い……ハァ……」


「あんた、誰に殴られたか言える?」


「……お、母さん」


 あめの目がゆっくりと閉じられる。相澤もリカバリーガールも何も言わない。


「そっか」


 名前はそう言うと椅子から腰を上げ、入り口に向かって歩き出した。だが、扉は彼女が自分で開けるよりも先に開かれる。そこに立っていたのは天喰だった。教室から子供を抱える名前を見て、心配になって訪れたのだ。


「名前さん」


「天喰、そいつ止めろ」


「えっ、」


 相澤の指示に咄嗟に腕を掴む天喰。名前はくるりと振り返った。


「どこ行く気だ」


「ちょっとそこまで」


「嘘つくな。お前はまだ仮免。一人でヒーロー活動は許可できない」


「ヒーロー活動?しないよ」


「じゃあ何しにいく」


「借りパクされたものを返してもらいに」


「ハァ……」


「それだけなら、別に無問題でしょ」


「それで通用すると思ってんのか」


「して」


 何の話かも分からず、首を傾げる天喰。


「なんでプロに任せない」


「プロはプロで勝手にすればいい。私は、明日食う飯を美味くするためだけに行くの」


 呆れる相澤。とはいえ、この感じではどれだけ静止したとしても絶対に名前は行くだろう。


「……取られた物を返してもらうだけか」


「うん」


「プロは呼んでおく」


 長いため息をついた相澤。名前はにっこりと笑った。


「それとお前のお目付けやくを連れて行け。分かったな。俺は今日はエリちゃんが不安定だから一緒には行けない。絶対にやりすぎるなよ。返してらうだけだ」


「わかってる。じゃ、いってきまーす」


 歩き出した名前をもう一度相澤が制止する。


「絶対に一人で行くなよ」


「お、俺が一緒に行きます」


 何の話かは分からないが、困っている。何か問題があることはわかる。棒立ちだった天喰がおずおず手を挙げた。


「じゃ、いこっか」


 その挙げられた手を取って、飛び出す名前。相澤ははぁとため息をついた。


「アイツ、取手壊して行ったな」


 扉を開けるための取っ手が指の形でひしゃげている。


「やっぱり猫可愛がりじゃないか」


「あの会話、聞いてたんですか。まぁ、何かやって帰ってきたら罰則しますよ」


「十中八九やるだろうねぇ」


「でしょうね」





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