夜の兎 | ナノ


▼ 7

 
 あれから数日、インターンの事は口外禁止となり、日増しに参加メンバーの顔には険しさが増え、そして緑谷の物憂げな顔付きも増えた。


「経験…か」


 きっと、彼らは今回の事件で成長するだろう。人の成長を目の当たりにする機会に少しの興奮を感じながら名前はシャワーで濡れた髪にタオルを当てた。

 すると、ベットの上に放っていた端末にピコンとメッセージが入った。手を止め、濡れたままの髪から水が落ちるのも気にせずにベットの上に飛び込むように体を落とす。すると、ベットのスプリングがギシリと音を立てた。


『確認しておけ』


 飾り気のない無骨なメッセージが画面に浮かぶ。それに手を伸ばし、送り主を確認すると、通知のついた場所にはイレイザーヘッドの文字。そして、その下には数字が並んでいた。


「…決行日」


 了解、と返し、名前は楽しみだと髪を包むタオルを握った。


ーーーナイトアイ事務所ーーー


「本拠地にいるぅ!!!?なんだよ俺たちの調査は無駄だったわけか」


 ナイトアイが偶然にもデパートで組員に遭遇したことで少女の居場所が判明した。場所は本拠地。普通ならば無いだろうと一番始めに外すポイントだ。裏をかいたつもりか、それともそれほど自信があるのか。


「奴が家にいる時間帯は張り込みによりバッチリでございます」


「令状も出ている。あとは」


「攻め込むだけってネ」


 ナイトアイ、グラントリノに続け、名前がそう言った。


―――決行日、当日!!―――



「隠蔽の時間を与えぬ為にも全構成員の確認、捕捉等可能な限り迅速に行いたい」


 沢山の警察とプロヒーロー、そしてインターン生が本拠地より少し離れた広場に集まっていた。


「決まったら早いスね!」


「君朝から元気だな…」


 朝とは思えない程元気な切島とは真反対の天喰。きっと、性格も反対なのだろう。小心な天喰と熱血で褒め上手な切島。だが、名前は2人の相性は悪く無さそうに感じた。


「緊張してきた」


「探偵業のようなことから警察との協力…知らない事だらけ」


「ね!不思議だね」


 緑谷、麗日、波動が話している隣で面倒そうな顔をする名前が差した傘をくるりと回す。人2人、どころか3人は余裕に入るだろうそれは同じく大きな影を動かし、4人の上を黒い影がぐるりと回った。


「細々したの苦手だわァ」


「名前はゴリッゴリの武闘派だもんな」


「こういうのって学校じゃ深く教えてくれなくて新人時代苦労したよ」


「わかる」


 リューキューの言葉にプロヒーローが同意する。


「ねぇねぇ、夜野さん?で合ってるよね?コスチュームちょっと天喰に似てるね!体育祭でもお肌隠してたよね!ゴーグルはイレイザーヘッドと仲良しだから?」

 
「天喰先輩よりも隠れてるわね」


 天喰、波動、麗日、蛙吹、そしてリューキューの視線がマントを羽織った一人に注がれる。いつもは首元にあるゴーグルが本来の位置で装着され、肌には隙間なく巻かれた包帯。そして、マント。もはや表情すらも分からない。なんとなく雰囲気でなに?変?と不思議に思っているのは分かるが、丈の長いフードマントの中にいる名前は久しく見ない完全フル装備で、波動が合ってるよね?と聞いてしまうのも無理もないほどだった。


「確かにちょっと似てる。マントかな?ゴーグルは偶然だけど…ま、そんな感じ」


「いっつも思っとったけどそれ暑くないん?」


 麗日の疑問に名前は当然の如く「暑いよ」と返した。


「室内とはいえ、今は昼間だからネ」


「プロ皆落ち着いてんな!慣れか!」


「皆……………?グラントリノがいないよ…どうしたんだろ」


 緑谷の疑問にナイトアイが「あの人は来れなくなったそうだ」と返した。それに刑事が補足する。


「塚内が行ってる連合の件に大きな動きがあったみたいでな。悔しそうだったよ。だがまァこちらも人手は充分。支障はない」


「そっか……」


「八斎會と敵連合一気に捕まったりしてな」


「それだ!」


「おい」


「あいっレイザヘッド!」


 ふんっと意気込んだ切島と緑谷の前に相澤が立つ。そして隣にいる名前の頭をぐわしと鷲掴んだ。


「俺とこいつはナイトアイ事務所と動く。意味わかるな?」


 正規の活躍を、無理はしないこと。自分はいないが信じている。そう言外に言う相澤。その期待に応えるように緑谷は「はい…!」と強く返事をした。それを見てふふっと笑う名前。


「大丈夫だよ緑谷。上手くいく」


「その心は?」


 頭を掴んだまま相澤が言った。


「勘」


「う、うーん……」


「なら平気だな」


 歯を見せたままニッと爽やかさのカケラもない笑みを浮かべた相澤。それを見た緑谷の頭に悪戯な笑みを浮かべる名前の姿が思い出された。


「(…この二人、ちょっと似てきた気がする)」


ーーーーーーーーーーー



「ヒーロー、多少手荒になっても仕方ない。少しでも怪しい素振りや反抗の意志が見えたらすぐ対応頼むよ」


「反抗の意志しか無いだろうねぇ」


「静かに聞け」


 相澤が名前の頭に軽くチョップを入れる。


「相手は仮にも今日まで生き延びた極道者。くれぐれも気を緩めずに各員の仕事を全うしてほしい!出動!」


AM8:30


 本拠地である邸宅を警官、ヒーロー、そしてインターン生が囲む。普通の民家の中にあるそれは見かけだけなら怪しげな薬を作っているようにも少女を監禁、虐待しているようには見えない。いや、だからこそだろうか。悪い奴ほど表には出てこない。闇の中に潜むものだ。名前は過去の経験からそれを知っていた。


「令状読み上げたらダーーーーッ!!と!行くんで!速やかによろしくお願いします」


「しつこいな。信用されてねぇのか」


「集中しましょロックロック」


「そういう意味やないやろいじわるやな」


 噛み付くロックロックを宥めるファットガム。


「フン、そもそもよぉヤクザ者なんてコソコソ生きる日陰者だ。ヒーローや警察見て案外縮こまっちまったりしてな」


 ピクッ


 ロックロックの嫌味に返事をするよう、扉の向こうから大きく動く気配を感じ、前にいる警察に向けて名前は「下がれ!」と声を出した。


 ガオォン!!!


「何なんですかァ。朝から大人数でぇ……」


 だが、そんな名前の声に即座に反応できるような警官はおらず、数人が宙を舞った。すぐさまファットガム、緑谷、相澤、そして名前が受け止め、地面へと退避させる。


「あ、ありがとう」


「ん」


「オイオイオイオイ待て待て!!!勘付かれたのかよ!!」


「いいから皆で取り押さえろ!!」


「離れて!!」


 警官の前に出たリューキュー。


「もぉーーーー、何の用ですかァ!!!!」


 男が振りかぶったその時、リューキュウの姿がみるみると竜に変わり、大柄な男の腕を片手で掴んだ。


「とりあえずここに人員割くのは違うでしょう。彼はリューキュウ事務所で対処します。皆は引き続き仕事を。はい、今のうちに!」

 
 男を地面に叩きつけたリューキュウの声を合図にヒーロー、そして警官隊は中へと雪崩れ込んだ。


「おォい何じゃてめェら!勝手に上がり込んでんじゃねーーー!!」


「ヒーローと警察だ!違法薬物製造・販売の容疑で捜索令状が出てる!」


「知らんわ!!」


「んじゃ今知ったネ」


 一足前に出た名前が鞭のように日本刀をしならせた男の懐に入り、目にも止まらない速さで顎下を一撃、打つ。男はドサリと地面に沈んだ。


「夜野!やり過ぎるな!」


「あの子も容赦ないなァ!」


 相澤、ファットガムに名前は「はぁい」とどこかわくわくしているような声色で返した。それを皮切りに入り口から組員がヒーロー達を押し返すように現れ始める。その勢いは止まらず、まるで特攻のようだった。だが、戦闘のプロであるヒーローに勝てるわけもない。続々と拘束されていく。


「時間稼ぎ…」


 自分達がしているのは時間との勝負だ。足を止め、下っ端の拘束に時間を使うわけにはいかない。数名のプロを置いて、さらに前へと進む。


「怪しい素振りどころやなかったな」


「俺ァ大分不安になってきたぜオイ。始まったらもう進むしかねぇがよ」


「どこかから情報が漏れてたのだろうか…いやに一丸となってる気が……」


 ファットガム、ロックロック、そして天喰がそう零した。


「だったらもっとスマート躱せる方法を取るだろ。意思の統一は普段から言われてるんだろう」


「盃を交わせば親や兄貴分に忠義を尽くす。肩身が狭い分昔ながらの結束を重視してんだろうな」


 刑事に続いた相澤の言葉に名前は耐えきれないとばかりに突然、笑い声を上げた。それに一体どうしたんだと言わんばかり、ギョッとした目を向けるロックロック。


「イイなぁヤクザ!!ジンギだねェー!」


 情に熱く、仲間思い。例え自分が捨てられても。それが弱い人間だからこその手段なのか、生き方の理想なのか、一度死んだとてそれは分からない。だが、敵の生きにくい世の中でもそれを貫く姿勢は賞賛ものだ。前世で何度か世話になったヤクザが、世界は違うとはいえ、末裔に近いものが、その考えが未だこの世の中で生きていることが名前の胸を熱くさせた。そして、その様子は切島を不安にもさせた。


「マジでお前ヤクザ見たかっただけじゃねぇよな…?」


「この騒ぎ…そして治崎や幹部が姿を見せてない。今頃地下で隠ぺいや逃走の準備中だろうな」


 そう続けた相澤に怪訝な顔を見せていた切島が表情を変え、怒りを露わにする。


「忠義じゃねぇやそんなもん!!子分に責任押し付けて逃げ出そうなんて漢らしくねぇ!!」


「んん!!」


「ここだ」


 見けはただの床の間に近い場所で突然、立ち止まるナイトアイ。皆が疑問に思う中、ナイトアイが花瓶をずらし、床板をいくつかいじる。


「忍者屋敷かっての!ですね!」


 微かに聞こえる階段を駆け上がる音と近付く気配。最後列にいた名前は傘を閉じると傘先を扉に向けた。それを相澤が暗に下せと手で制す。威力の大きい名前の傘は居場所を伝えるだけで無く、扉を破壊してしまう可能性があったからだ。壁が扉のようにガゴッと音を立てて開く。


「―――…!バブルガール!!」


 近付く気配にセンチピーダーがバブルガールを呼んだ。


「なァァアんじゃてめェエエらァァア!!!」


「一人頼む!」


「ハイ、ごめんね!!追ってこないようおとなしくさせます!先行って下さいすぐ合流します!」


 飛び出した子分達はナイトアイ事務所のサイドキックに任せ、階段を駆け下りさらに奥へ進む。先にあったのは壁だった。


「行き止まりじゃねェか!!道合ってんだよな!?」


「俺、見て来ます!!」

 
 壁に顔を付けるルミリオン。


「ルミリオン先輩待ってまたマッパに…」


「大丈夫。ミリオのコスチュームは奴の毛髪からつくられた特殊な繊維だ。発動に呼応し透過するよう出来ている」


 切島の疑問に天喰が答える。


「活動のたびにマッパになってりゃミリオさんのが捕まっちゃうよ」


「確かに!」


 それもそうだ!と名前の言葉に同意する切島。やはりそこでも実直過ぎる切島と冷静な天喰の相性の良さを感じながら名前は不思議そうに目の前の壁を見た。確認などせず、全部壊して進めば良いのに。必要以上の損壊を出さない、というヒーローの信条が甚だ疑問だった。


「壁で塞いであるだけです!ただかなり厚い壁です」


 ミリオが壁の向こうから戻ってくる。


「じゃあ壊せばいいワケだ?」


「来られたら困るって言ってるようなもんだ」


「そだな!!妨害できてるつもりならめでてーな!!」


 傘を握り、切島と緑谷に合わせて名前も前へと突き出す。


「シュートスタイル!!」


「烈怒頑斗裂屠!!!!」


 壁が崩れ落ち、道が開けた。


「進みましょう」


 ミリオがそう言った瞬間、一行の足元がまるで波のように大きくうねり始めた。


「道が!!うねって変わってく!!」


「おっとと」


 大きく揺れる地面に傘を刺し、体を支える。


「治崎じゃねぇ……逸脱してる!考えられるとしたら……本部長「入中」!しかし!規模が大きすぎるぞ。奴が入り操れるのはせいぜい冷蔵庫程の大きさまでとーーー……」


「かなーーーりキツめにブーストさせれば無い話じゃァないか……」


 刑事は信じられない、と冷や汗をかくが、ファットガムの予想に言葉を止めた。


「モノに入り、自由自在に操れる個性…!!!擬態!地下を形成するコンクリに入り込んで”生き迷宮”となってるんだ…!!」


 地下全体が大きくうねる。名前の口からハハッ、とこの状況には見合わない爽やかな笑顔が溢れた。

 こんなことも出来るんだ。個性って。例え仮初だとしてもすごい、すごいなァ。辛うじて存在はしているヒーロー達への配慮の心から口には出さなかったが、ただ感心していた。


「イレイザー消せへんのか!!!?」


「本体が見えないとどうにもーーー…夜野!場所分かるか!」


 この場に探知系はいない。ダメ元ではあるが、相澤は一縷の望みをかけて気配や嗅覚に優れる名前の名前を呼んだ。


「嗅いだことがあるならまだしも物に阻まれてちゃムリだよ。気配は……するけど、動いててハッキリとは」


「気配はするんか…惜しいな」


 ファットガムが落胆する。名前は何でもそつなくこなせるある意味では万能タイプだ。だが、全能でもなければ文字通りの万能さはない。どこまでも有限である。ハウンドドックのような犬並の嗅覚は無いし、ましてや特定の人間の居場所を特定するような能力は持っていない。

 異臭を感じる、人が誰かの視線に気付く、真後ろに人が立っていれば違和感がある、なんとなくそんな気がした、そんな誰しもが感じる異変に気付く能力がただ人間よりも鋭いだけのこと。


「さすがにか…」


 相澤のその言葉がさらに天喰の不安を呼んだ。


「道を作り変えられ続けたら…目的まで辿り着けない。…その間に向こうはいくらでも逃げ道を用意できる。即時にこの対応判断…ああダメだ…もう……女の子を救い出すどころか俺たちもーーー…!」


 最悪の予想。それが天喰の頭に巣食う。それを吹き飛ばしたのは親友である通形だった。


「環!!そうはならないしおまえは!サンイーターだ!!そして!!こんなのはその場凌ぎ!どれだけ道を歪めようとも目的の方向さえわかっていれば俺は行ける!!」


「ルミリオン!」


「先輩!」


「スピード勝負奴らもわかってるからこその時間稼ぎでしょう!先に向かってます!!」


 天喰を励まし、そして壁をすり抜けて進むルミリオン。マントの端まで壁の中に埋まったその瞬間、残りを進ませないようにするかのように底が抜けた。


 タンッ


 軽い音と共に地面に着地する。着地音からも察するに落ちたのは一階分。圧死させないのは出来ないからなのか、殺すつもりはないからなのか。名前はそんなことを考えながらぽんっとチャイナドレスについた砂埃を払った。


「操れるのは一階分が限界なのかな」


「さぁな」


 しゃがんでいた相澤も立ち上がる。


「ますます目的から遠のいたぞ。良いようにやられてるじゃねぇか!!」


「時間稼ぎならいくらでもやりようはあるからネ」


 砂埃の向こうで揺れる影。


「おいおい空から国家権力が…不思議なこともあるもんだ」


 呑気な声と共に4人分の輪郭をおび始める。そして、そのうちの1人が砂煙の中から飛び出した。


「お前からじゃ!!女!!!」


「私のこと?」


 この場に置いて女は自分、ただ1人。それに子供。人質にでもと考えてのことだろう。名前はわざとらしくマントの隙間から手を出すとドレスのように両手で布を摘みくいっと引き上げた。ナイフを構えたまま狙いに向かい突き進む男。だが次の瞬間、男の目にはチャイナドレスと白い足だけが映っていた。


「あ」


 ドゴォオン


 そんな気の抜けた声と共に砂埃が右側の壁から上がる。
 

「あーあ、早ェなァ」


 男を気遣う言葉もなく、残りの3人が現れる。3人は今の男とは違い、それぞれがマスクを着けていた。あれが幹部か、腹心の証だろう。


「よっぽど全面戦争したいらしいな…!さすがにそろそろプロの力見せつけーーー…」


「そのプロの力は目的のために…!!こんな時間稼ぎ要員――…俺1人で充分だ」


 片手を上げ、そう意気込んで見せたのは天喰だった。


「こんな時間稼ぎ要員俺1人で充分だ」


「何言ってんスか!?協力しましょう!」


 今までとは違う強気な発言に切島も戸惑いを見せる。


「そうだ協力しろ。全員殺ってやる」


 ペストマクスの男はそう言って刀を構えた。


「窃野だ!!こいつ相手に銃は出せん!ヒーロー頼む!」


「バレてんのかまァいいや暴れやすくなるだけだ!!」


「ならないぞ。刀捨てろ」


 一瞬、イレイザーの髪が逆立つ。


「使えねぇ…!」


 ペストマクスの男は個性が使えず、隣にいた男が銃を構える。


「刀も銃弾も俺の体に沈むだけやおとなしく捕まった方が身の為やぞ!!」


「そういう脅しは命が惜しいやつにしか効かねんだよ」


 なら遠慮するまでもない。ペストマクスの男、窃野の言葉通り、名前が指に力を込める。鉤爪のように曲げた関節からポキと音がした。


「夜野!やり過ぎるなよ」


「はいはい」


「イレイザーが抑えてる今なら武器も使える!観念して投降しろ!」


 ジャンプした天喰の体が蛤に変わる。そして、敵の後ろを取ったところで腕が蛸足に変化し、敵の腕から全ての武器が消えた。


「“窃盗”窃野、“結晶”宝生、“食”多部。俺が相手します」


 敵3人を壁に放り投げ、奪還した武器を破壊する。


「ファット事務所でたこ焼き三昧だったから蛸の熟練度は極まってるし…以前撃たれたことでこういうモノには敏感になってる。こいつらは相手するだけ無駄だ。何人ものプロがこの場に留まっているこの状況がもう思うツボだ」


 タコだけに、だろうか。そう思うも決死の天喰を前に言葉にはせずに留めておく。


「でも先輩…」


「スピード勝負なら1秒でも無駄に出来ない!!イレイザー筆頭にプロの個性はこの先に取っておくべきだ!!蠢く地下を突破するパワーも!拳銃を持つ警察も!ファットガム!俺なら一人で三人完封できる!」


「行くぞ、あの扉や」


「ファット!」


 渋る切島の肩を押し、ファットガムは進む。


「オイオイオイ待て待て」


 イレイザーの髪が一瞬、逆立つ。すぐに彼のやらんとしていることを理解した。そして、ファットガムの信頼と恐怖とプレッシャーに必死に耐えながらその決心をした天喰への餞別に名前もせめてもの助力を贈る。


「3人を見といた。効果がある間に動きを止めろ!」


 多倍を気絶させたイレイザーを横目に地面を軽く蹴り、宝生と呼ばれた男の後頭部を殺さないよう加減して蹴る。だが個性故か普通よりも硬く、失神させるまでとはいかない。脳震盪を起こし、地面に膝をつく敵を横目に名前は前のメンバーに続いた。


「ごめん天喰さんちょっと加減ミス」


「いいんだ夜野さん。皆さん!!ミリオを頼むよ!あいつは…絶対無理するから助けてやってくれ」


 その言葉を背中に聞き、天喰を置いて一行は前へと進んだ。


「ファット!!先輩1人残すなんて何考えてンスか!!!」


「おまえんとこの人間だ。おまえの判断に任せたが正直マズイんじゃねぇか?」


 だが、ロックロックと切島はファットガムの判断が正解とは思えなかった。


「あいつの実力はこの場の誰よりも上や。ただ心が弱かった。完ぺきにやらなあかんっちゅうプレッシャーで自分を押し潰しとるんや。そんな状態であいつは雄英のビッグ3に登り詰めた。そんな人間が「完封できる」と断言したんや。ほんなら任せるしかないやろ」


 それでもファットガムにも不安がない訳じゃない。それでも信じた。信じる他無いのだ。信じているから。


「アマジキさんカッコいいネ」


 明るい声に顔を向ける。にっこり笑った名前にファットはぐっと親指を立て、「せやで!!」と言った。


「先輩…大丈夫かな…やっぱ気になっちまう」


「うん…」


 大丈夫かどうかは分からないが、この場に置いて心配すべきは自分達もだ。集団でいるという安心感はあれど、敵が何をしてくるのかは分からないことには変わりはない。名前は口に出さずとも天喰の心配ばかりしている切島、緑谷がこの場で最も弱い自分達の事を考えていない事が気になった。


「ただ!!背中預けたら信じて任せるのが男の筋やで!!!」


「先輩なら大丈夫だぜ!!」


「逆に流されやすい人っぽい!」


「ぶはっ!!はやっ!」


 切島のあまりの変わり身の速さに吹き出す名前。だが、切り替えられるのなら上出来だ。自分の事を考えずに人のことばかり考えているやつは戦場で長くは生きられない。それが経験も浅い者なら尚のこと。目の前のことをこなしていく他ないのである。


「心配だが信じるしかねぇ!!」


「サンイーターが作ってくれた時間!1秒も無駄に出来ん!」


「上に戻ろう」


 暑苦しい2人の間でナイトアイが冷静に判断する。そして一行は奥に見える階段に向かって足をすすめた。


「あの階段やな!」


「妙だな。おい」


 妨害がないことに疑問を持った相澤はヒィと腹を抱えて未だ笑っている名前を呼んだ。


「ん?」


「辺りに誰かいるか」


「んんん、ちょっと待って」


「何の音もしねぇぞ」


 コンクリートは音を良く跳ね返す。自分達が集団ならば尚更のこと周囲の音は聞き取りづらくなるし、判別もし難くなる。それに気配察知は自分に向かって攻撃してくるものを対処していくうちに出来たもの。つまり、人探しには向いてはいなかった。だが、反面、敵意を見つけることは出来る。そして、ここは敵の中心地。今、この時においてそれはうってつけの能力であった。

 ふっ、と短く息を吐き、耳を澄ます。音、動き、気配に違和感はないか。肌を刺す敵意を感じるか。視線はあるか。


「いない…かなァ」


 イレイザーヘッドの疑問が確信に変わる。


「なんやこの子は探知系の個性なんか?」


「ただの勘」


「動物的やね!!!」


 たはー、と驚く素振りをするファットガム。


「地下を動かす奴が何の動きも見せてこないのは変だ。何の障害もなく走ってるこのタイミングで邪魔をしてこないとなると…地下全体を正確に把握し動かせるわけではないのかもな。サンイーターに上に残った警官隊もいる。もしかするとらそちらに…意識を向けているのかもな」


「把握できる範囲は限定されていると?」


 相澤のその判断は名前の返事を聞いてのもの。ナイトアイにとっては確信と言えるほどの信憑性は感じられない。相澤はナイトアイの不信感を感じ取り、「あくまで予測です」と続けた。


「奴は地下に入り込んで操っている。同化したわけじゃなく壁面内を動き回って“見たり”“聞いたり”してるとしたら。夜野がさっき”動いている”と言ったのもここに気配が無いのも納得がいく。邪魔をしようと地下を操作する時、本体が近くにいる可能性がある。そこで目なり耳なり本体が覗くようならーーー…」


 その時、壁の向こうからまるで泳ぐように気配が近付いてきた。すぐさまそれに気付いた名前が弾かれたように廊下の奥を見る。そして、突如として感じる刺すような視線。


「誰か見てる」


 ぴくりと名前の耳が動き、目線が何の変哲もない壁を追う。


「何言っ…」


 そう刑事が言った瞬間、イレイザーのすぐ横の壁が盛り上がった。そして、もう片方の壁に空いた穴にねじ込もうと彼へと迫る。


「分断目的」


 イレイザーの個性は有力な上、入中攻略の要となる。だから彼を狙ったのだろう。それを理解しているファットは咄嗟にイレイザーを押し、そしてイレイザーは名前へと布を飛ばした。名前はすぐさま自分に飛んできた布を引き寄せる。


「イレイザー1本釣りー」


「ファット、すまない!!」


「気にすんな!!!」

 

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