夜の兎 | ナノ


▼ 6

「ケッ、ガキがイキるのもいいけどよ。推測通りだとして若頭にとっちゃその子は隠しておきたかった核なんだろ?それが何らかのトラブルで外に出ちまってだ!あまつさえガキんちょヒーローに見られちまった!」


 「アイツなに?」と内容はともかくロックロックの言い方にムッとした顔で相澤の裾を引く名前。隠す気のないそれに周囲がヒヤヒヤしていると相澤は腕を組んだままちらりと視線を向けた。


「我慢しろ」


「(我慢でいいんだ)」


 近くで聞いていたプロヒーローはそう思った。


「素直に本拠地に置いとくか?俺なら置かない。攻め入るにしてもその子がいませんでしたじゃ話にならねぇぞ。どこにいんのか特定できてんのか?」


「確かにどうなのナイトアイ」


 ロックロックにリューキュウが同意した。


「問題はそこです。何をどこまで計画しているのか不透明な以上、一度で確実に叩かねば反撃のチャンスを与えかねない。そこで八斎會と接点のある組織・グループ及び八斎會の持つ土地!可能な限り洗い出しリストアップしました!皆さんには各自その箇所を探っていただき拠点となり得るポイントを絞ってもらいたい!」


 モニターに地図が映し出される。


「見ろ、ここにいるヒーローの活動地区とリストがリンクしてる!土地勘のあるヒーローが選ばれてんだ」


 名のあるなしに関わらず、さまざまな地域のプロヒーローたちが呼ばれた理由が判明した。


「オールマイトの元サイドキックな割にずいぶん慎重やな回りくどいわ!!こうしてる間にもエリちゃんいう子泣いてるかもしれへんのやぞ!!」


 怒りを露わにするファットガムがナイトアイへ物申す。きっと彼は優しい人間なんだろう。泣いているだろう顔も見たことのない子供のために怒れるなんて。名前は素直にそう思った。


「我々はオールマイトにはなれない!だからこそ分析と予測を重ね助けられる可能性を100%に近付けなければ!」


「焦っちゃあいけねぇ、下手に大きく出て捕え損ねた場合火種が更に大きくなりかねん。ステインの逮捕劇が連合のPRになっちまったようにな。むしろ一介のチンピラに個性破壊なんつー武器流したのもそう意図があっての事かもしらん」


「お爺ちゃん、渋くてカッコいいネ」


 ただの気のいい爺さんかと思いきや、無名とはいえ蓄積された実績があるらしい。冷静に状況を判断するグラントリノの体はただの人間の弱い老人のものでしかないが、なるほど確かに歴戦だ。名前はキラキラとした目をグラントリノへと向けた。


「よせやい」


「……考え過ぎやろ。そないな事ばっか言うとったら身動き取れへんようになるで!!」


 白熱する討論。時間をかけるべきか、速攻で行くか、ヒーロー達の間で意見が飛び交う。すると隣に座るイレイザーヘッドがすっと手を上げた。


「あのー…一ついいですか。どういう性能かは存じませんがサー・ナイトアイ。未来を予知できるなら俺たちの行く末を見ればいいじゃないですか。このままでは少々…合理性に欠ける」


「それは…出来ない」


 帰ってきた言葉は拒否だった。


「私の予知性能ですが発動したら24時間のインターバルを要するつまり一日一時間一人しか見ることができない。そしてフラッシュバックのように一コマ一コマが脳裏に映される。発動してから1時間の間、他人の生涯を記録したフィルムを見られる…と考えて頂きたい。ただしそのフィルムは全編人物のすぐ近くからの視点、見えるのはあくまで個人の行動とわずかな周辺環境だ」


「いや、それだけでも充分過ぎる程色々分かるでしょう。出来ないとはどういうことなんですか」 


「例えば、その人物に近い将来死、ただ無慈悲な死が待っていたらどうします」 


 ナイトアイの予知は予知であり、占いではない。回避しようにも回避できないんだろう。俺を見てみろと言った口の悪いヒーローの言葉を「ダメだ」と一蹴りして、ナイトアイは協力を申し出た。
 
 
  ーーーーーーーー


「そうか、そんな事が…」


 事務所のロビーに置かれた机の周りに集まる雄英生徒組。そこで彼らは通形、緑谷から少女と出会った時の話を聞いた。俯く二人を見ながらなるほどねぇ、と頷く名前。


「やっと分かった。緑谷、脈略ないんだもん」


「軽いぞお前、人が悔しい思いしてるときに」


 切島がそんな名前を咎める。その瞬間、その場にいた全員が名前の目に鋭さが宿るのに気が付いた。


「じゃあ言わせて貰うけど……」


 椅子を傾け、揺れ始める名前は首を横に倒し、少し見下ろすような姿勢で2人を見た。カターン、カターン、と一定のスピードで鳴る椅子に当事者でない生徒達ですら威圧感と緊張感を感じる。


「今、落ち込んでどうにかなるの?というか、君たちはいついかなる時でも全ての人を救えるって考えてたの?傲慢がすぎるんじゃないかなァ」


「言い過ぎだって!」


 切島が静止するが、名前は話を続けた。


「あんた達2人が落ち込んでるのなんてその子には関係ないんだよ。あんた達が悔やんだところでその子の境遇は変わらない。逃げられもしないし、逃げようともしない。なら、そんな事で悩んでるより次を考えた方がよっぽど有意義よ。まだ手元から消えたわけじゃないのに落ち込むのは早すぎる」


 可哀想だ、悔しい。そんな事ばかり考えて、何の意味があるんだろう。ただでさえ無力な生き物が落ち込んだところで何にもならない。人間の強みはそのしぶとさじゃないのか。

 緑谷とミリオは俯いていた顔を少し上げ、名前を見つめた。切島が嬉しそうに細い肩をバシバシと叩く。


「名前ッ!!!お前なりの激励だったんか!!かっっこいいぜェ!お前って奴はよ!」


「切島うるさい」


 チーンとエレベーターが開く。そこから現れたのは我らが担任だった。


「何やってんだお前ら」


「激励中―」


「先生!」


「あ、学外ではイレイザーヘッドで通せ。いやァしかし…今日は君たちのインターン中止を提言する予定だったんだがなァ…」


「ええ!?今更なんで!!」


「連合が関わってくる可能性があると聞かされたろ、話は変わってくる。ただなァ………緑谷。お前はまだ俺の信頼を取り戻せていないんだよ。残念なことにここで止めたらおまえはまた、飛び出してしまうと俺は確信してしまった。俺が見ておく。するなら正規の活躍をしよう、緑谷。わかったか問題児」


 イレイザーはしゃがみ込み、拳を緑谷の胸につけた。


「ミリオ…、顔を上げてくれ」


 天喰が言う。


「ねぇ私知ってるのねぇ通形。後悔してて落ち込んでてもね仕方ないんだよ!知ってた!?」


 波動が背中を押した。


「…ああ」


「気休めを言う。掴み損ねたその手はエリちゃんにとって必ずしも絶望だったとは限らない。前向いて行こう」


「はい!!!!」


 相澤の言葉で大きく返事をした緑谷。その顔は決意と希望に燃えていた。


「やっぱりイレイザーさんてちょっと甘いよね」


「うるさいぞ夜野」


 揶揄われるのが分かっていた相澤は名前から視線を逸らす。


「あの…名前さん」


 立ち上がった緑谷が体を名前へと向けた。その顔は何かを決めたような、決意した顔だった。


「ありがとう…!さっきの激励」


「どういたしまして。ま、励ましたつもりは無いけどネ」


 通形が「響いたよ!」と親指を立ててウインクをする。名前も同じように親指を立てて返した。


「なぁ……名前はさ、さっきのナイトアイの話みたいに自分が近々死ぬってことがわかったらどうする?」


 切島がそう尋ねる。


「んー、特にどうもしない」


「変えようとか思わねーの?」


「自分なら別に。遅かれ早かれみんな死ぬし。いいと思ったら受け入れるよ。それに生きてりゃ運が良いぐらいの時はよくある事でショ」


「ねーよそんなの…」


 好き勝手して、好きに死ぬ。いつ死んでも後悔は無い。ま、今は死ぬ気がないし、例え運命だとしてもそれが納得のいかない時なら抗うだろうが。そう考えると、受け入れないにもなるのかもしれない。でもそんなものだろう。どうなるかは死の前にしか分からず、死の前にいたっても死ぬつもりではいない。

 それに好きに生きる自分の前に運命は無いようなものだ。ましてや他人に与えられた運命に従う自分じゃない。


「達観してんなぁ」


「お前はもうちょっと生に執着したほうがいい」

 
 イレイザーが眉を寄せる。怒っているのだろうか。自分もいつ死んでもおかしくない仕事してるのに。彼がなんだかんだ甘いと言われる理由はきっとこういうところなのだろう。名前はそれに返事をせずに、ただ少しだけ口角を上げて笑った。


「プロと同等かそれ以上の実力を持つビッグ3はともかくおまえたちの役割は薄いと思う。蛙吹、麗日、切島、夜野、おまえたちは自分の意思でここにいるわけでもない。どうしたい」


 麗日が立ち上がった。


「先…っイレイザーヘッド!あんな話聞かされてもう!やめときましょとはいきません…!!」


「先生がダメと言わないのなら…お力添えさせてほしいわ。小さな女の子を傷つけるなんて許せないもの」

 
 麗日、蛙吹がそう言った。


「俺らの力が少しでもその子の為ンなるならやるぜイレイザーヘッド!」


 切島も立ち上がる。


「お前はどうだ夜野」


「いくよ。その子の為とかじゃないけど、子供は将来性あるし。あとヤクザに会いたい」


 名前の言葉に首を傾げて皆が視線を向ける。


「お前だけ動機が不純だな!!何の将来性なんだ?」


「強くなるかもしれないでしょ」


「出たバーサーカー名前ちゃん」


「うるさいなぁ」


「意思確認をしたかった。わかってるならいい。今回はあくまでエリちゃんという子の保護が目的。それ以上は踏み込まない。一番の懸念である敵連合の影。警察やナイトアイらの見解では良好な協力関係にないとして…今回のガサ入れで奴らも同じ場に居る可能性は低いと見ている。だが万が一見当違い…連合にまで目的が及ぶ場合はそこまでだ」


「「「了解です!」」」


 

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